資料室に入ると既に先生が待っていた。
「遅いぞ」
笑って優しく言う先生。それが私の心を痛めた。
「あの...」
「ん?」
期待してますという顔が苦しい。
「や、やっぱ何にもないです!待たせてしまったのにごめんなさい。私今日は帰りますね」
もう逃げてしまおう。無理やりこの場を終わらせて帰ろうとしたが先生はそうはさせてくれなかった。
「遠野。なにがあったの?」
「あー、えっと...」
私は粉々になったクッキーが入った袋を出す。
「人とぶつかっちゃって...気づいたら割れちゃってて...だから...」
渡せないです。ごめんなさいという前に先生はその袋を私から奪う。
「えっ!?」
そしておもむろに袋を開け、割れたクッキーのかけらを食べた。
「先生!」
「ん、美味い。遠野はお菓子作り好きなの?」
「あ、まぁ、レシピ見れば大抵のものは作れます」
「へ〜すごい。俺これ好き。また作ってよ」
「え、あ、はい...」
「やったぁ」
そのまま先生は食べ続け、袋の中は空っぽになった。
「割れてるとかそんなの関係ないよ。それにこれは俺のために作ってくれたんでしょ?それだけで十分。ありがたく受け取るよ」
優しい笑顔。この笑顔を見ると泣きそうになる。
「...うん」
「遠野?」
「ありがとうね。先生」
先生は私の頭を撫でる。
「俺のこと好きになった?」
「そ、そういう意味で好きなわけじゃないです」
「ふーん」
先生はニヤニヤしている。そんな風にしてくるから好きだとは言いたくなかった。
「どうせ大人で綺麗な人が現れたら私に言ったことなんて忘れてその人のとこに行っちゃうんでしょ」
半ば八つ当たりのようなものだ。しかしその言葉は口から出てしまっていた。
「俺本当信用ねぇなぁ〜」
天井を見ながら残念そうにする先生。すると私の瞳を真っ直ぐ見て言った。
「お前が俺を必要としてくれる限り、俺はお前の傍にいるよ」
「...本当に?」
「あぁ」
先生が私を見る瞳は温かい。その瞳がとても綺麗で私は先生を信じたくなった。
そして私たちは目を合わせ、笑った。
「それじゃあね先生」
「あぁまたな」
陽気な顔で資料室を出る。
その時の私は先生の言葉の意味を深く考えていなかった。