さらっと口にした俺のひとことに、未和子は目を見開いて驚愕した。すっとんきょうな声がフロアに響き渡り、周囲の人たちの注目が集まる。

固まる未和子にクスッと笑い、「じゃあな」と短く告げて踵を返した。


足早に大通りへ出て、タクシーを拾う。慌ただしくそれに乗り込みながら想うのは、もちろん杏華のこと。

あいつ、まだ泣いているだろうか。もしそうなら、もう一度俺に涙を拭わせてほしい。今はまだ、事実上ではあっても俺が彼女の旦那なのだから。

だが、これで夫婦ごっこはおしまいにしよう。あいつを縛りつけるのも。

バッグの中に忍ばせた、小さな箱を見下ろす。先ほど、横浜に着いてまず向かった場所で手に入れたものだ。

それに触れながら、どんな結果になっても受け止めようと腹を括った。


──そうして、彼女が待つ部屋へ入った直後、俺は約一年前と同じ、心臓が止まりそうになる感覚を味わうことになった。

リビングのフローリングに、しまってあったはずの婚姻届と共に、杏華が倒れていたのだから。


「キョウ!?」


手から離れたビジネスバッグが床に落ちて、中身が飛び出し、白い小箱がコロコロと転がる。

俺は血の気が引くのを感じながら、一目散に彼女のそばへ駆け寄った。