「甘く見ないで、無理するなよ。いってきます」

「……いってらっしゃい」


最後に私の頭をくしゃくしゃと撫でて、尚くんは部屋を出ていった。扉がパタンと締まり、物寂しい静けさに包まれる。

……きっと、尚くんも悩んでいるのだろう。それくらいは私にもわかる。

結婚記念日まであと五日。ここへきて、私たちの夫婦関係は転機を迎えているような気がした。


 *

一日休めばよくなるだろうと思っていた喉の調子は、次の日には逆に悪化していた。唾を飲み込むだけで痛いし、咳も出始めている。

これは間違いなく風邪の類だ。尚くんが言った通り、甘く見てはいけなかったらしい。

朝からマスクをつけて出勤し、ごほごほと咳をしながらパソコンと向かい合う。そんな私に、泉さんが心配そうに声をかける。


「キョウちゃん、大丈夫?」

「はい、喉が痛いだけなんですけどね……すみません」

「私も手伝うから、今日は早く帰りな」


気を遣ってくれる彼女に、私はぺこりと頭を下げて「ありがとうございます」とお礼を言った。

今日は一日シフトだけれど、もしさらに悪化するようなら様子を見て帰らせてもらおう。皆に移してしまいかねないし。