尚くんがむくりと起き上がり、ボサッと乱れたミディアムヘアが目に入る。それをくしゃくしゃと掻いて、彼は気だるげにキッチンに向かってきた。

まだ眠そうな瞳と視線がぶつかった瞬間、追いやった記憶があっさり戻ってきて、ドキン!と心臓が跳ねる。

思わず目を逸らしそうになったものの、彼はいつも通り無防備な笑みを浮かべる。


「おはよ、キョウ」

「あ、お、おはよう」


あまりにも普段と変わりないので若干拍子抜けして、しどろもどろな挨拶を返した。

尚くん、めちゃくちゃ普通だ。大人ってこういうものなのかな。

戸惑いつつも、ご飯を煮た鍋に卵を投入していると、彼は「あー、怠い……」と独り言をこぼす。そして、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、こう言った。


「昨日、いつの間にか寝てたな。とりあえず、無事キョウを連れて帰れたみたいでよかったよ」


小さく笑う彼を見て、私は動きをぴたりと止めた。この調子だと、昨夜の記憶はないらしい。


「覚えてないんだ……」

「ん?」

「あ、ううん! なんでもない」


ボソッと呟いた私の声が聞こえなかったらしく、不思議そうに首を傾げる尚くんに、私は慌ててごまかした。