王女にツバメ


何も言わないあたしに、犬飼は静かに言う。

「もしかして、好きになっちゃったんですか?」

その言葉に、泣きそうになる。
泣かないけど。

「……自分が嫌になる……」
「そんなに落ち込まなくても」
「犬飼が相手なら分かるよ? でもあたしだよ? 三十路手前!」
「皆同じ二十代じゃないですか」
「全然違う。月とすっぽんくらい違う」

すっぽんって美味しいんですかねー、と犬飼は笑う。笑い事じゃない。

すっぽんは食べたことないけれど、食べたいと思ったこともない。

手を離して、腕時計を見る。もうすぐ休憩が終わる。