「それは前にも言っただろ。嫌いだから、嫌いと言った。ただそれだけだ。」
 「それが、相手を傷つける言葉だとしても、斎はそれを言ってしまうような人なの?」
 「………おまえは、あの時の事を知らないだろ。」
 「話してくれないのは斎でしょ?」
 「俺から話す事はない。」

 
 斎はきっぱりと言い捨てると、そのまま視線を窓の外に向けた。つられて、夕映も視線をそちらに向けると、もうすっかりと薄暗くなり夕方の景色が広がっていた。

 彼の横顔を見つめながら、泣きそうになるのを必死に我慢していた。
 今の斎なら話してくれると思っていた。そして、ちゃんとした理由があるのだと信じていた。
 それを知る事が出来ると、期待していた。


 それなのに、昔と変わることはなかったのだ。

 斎は何も教えてはくれない。
 嘘を言わないけれど、都合の悪いことは教えてくれないのだ。

 どうして、本気で好きにならせてくれなの?
 

 そんな事を言えるほど、夕映は幼くも素直にもなれなかった。



 「わかった。………もう、帰る。」
 「夕映っ。」
 「いやッ!」


 斎の手が自分に触れそうになると、夕映はそれを手で払いのけた。
 パンッという乾いた音が小さな本の部屋に響いた。


 「ご、ごめんなさい……。あの、私一人で帰れるから。………今日は、ありがとう。」


 呆然と立ち尽くす斎から逃げるように小走りで斎の部屋から急いで出た。

 普段の彼ならば、怒って追いかけてくるだろう。


 「……なんであんな顔するのよ。いつもみたいに、余裕の笑みを見せてよ。」


 夕映は、涙を流しながら呟いた。
 ポタポタと綺麗に磨かれた廊下に水滴が落ちていく。

 夕映が彼の手を払いのけた瞬間。
 斎の顔が驚いた表情に変わり、そして、悲しそうに下を向いていたのだ。
 斎のそんな表情を見たのは初めてで、夕映は動揺してしまった。


 「どうして斎がそんな顔をするの………私だって、どうしていいかわからないよ。」


 人気のない廊下で、夕映は声を殺して泣いた。
 頭に残っているのは、斎の表情。そして、言葉だけだった。