その別れから、夕映は依央に会っていなかった。こういう大学の食事会に参加するのを避けていたのは、2人の元恋人がいるからだった。


 「あ、そういうば……。」
 「どうしたの?」
 「僕、先輩が翻訳した本、ずっと買ってますから。」
 「えっ………。」


 依央が耳元でそう囁く。
 急に距離が近くなったのに驚き、顔が赤くなるのを感じる。元恋人というのもあり、久しぶりに彼の顔をまじまじと見れる距離は、緊張してしまう。

 だが、彼が耳元で囁いた言葉は、恋人同士が囁き合うようなものではなかった。

 それでも、自分の仕事を応援してくれている彼の気持ちが嬉しくて、顔が弛んでしまう。



 「子ども向けのお話は、すごく読みやすかったし、小説もスラスラ読めて、異国の土地の描写も知らない場所なのに頭にしっかり浮かんできて………素敵な作品でした。」
 「本当!?最近のものは、私もすごく頑張ったから嬉しいな。褒めてくれてありがとう。」
 「いえいえ。……夕映さん。僕の席の隣、空いてるです。一緒にお話ししませんか?」
 「あ、うん………。」


 彼の手がこちらに伸びてきて、手を掴みそうになった時だった。