「こんばんは」

また私が花作りに精を出していると、頭上から品のある声が聞こえてきた。
顔を上げると、先程のハリウッド女優がこちらを見下ろしていて、ゆるふわカールの素敵な髪が私の額にゆらゆら当たった。
くすぐったいっ!!
ハリウッド女優はふふふと笑うと、私の目の前に座った。

「こんばんは、あのどちら様でしょうか?」

どんな映画にご出演ですか?
などと、下らない妄想をしていると、ふと大変なことに気が付いた!!
すずなお嬢様の知り合いの人だったら「どちら様?」なんて聞かれたらイヤな気がするのでは?!と。
記憶がないっていう設定が、どこの誰にまで浸透してるかわからないし。

「私、大原雪江と申します。すずなさんとは初めまして、ですわね?」

あ、そうなんだ!
良かった、初対面だった!!

「あ、はい。どうも、百瀬?すずなです」

?が入ったのは無視して下さいね。
大原さんは、特にそんなこと気にする風でもなく、またふふふと笑った。
そして、ふふふと笑ったまま、何を言うでもなくその場に居続ける。
…………何の用ですか??
挨拶だけならもう済んだのでは?と、私が首を傾げたのと同時に部屋の外から声が掛かった。

「何の用だ?」

お迎え当番の提督さんが、私達向かっていい放つ。
何の用だと言われても……。
呆然と提督さんを見ていると、どうやら私への言葉ではなかったらしい。

「オレの婚約者に、何か用かと聞いている」

「ご挨拶をしただけよ?なぁに?私が何かすると思っているの?」

強面の顔を更に恐くして、提督さんは大原さんを睨んでいるし、大原さんも不敵な笑みを浮かべている。
お知り合いらしいけど………とても不穏な気配がする。
これは、また、何かに巻き込まれつつあるんじゃないかな、私。
いやだよ!勘弁してよ!
これ以上面倒事を増やさないで欲しいんですが!

「挨拶しただけならもういいだろう。すずな、帰るぞ」

「え、あ、はい」

踵を返した提督さんを追って、軽く頭を下げて帰ろうとすると、大原さんは小声でこっそりと囁いた。

「明日またお話しましょ?」

出来ればもうご遠慮したいんですけど。
提督さんもプリプリ怒ってるし、面倒事は御免です!!
私は何も答えずに帰ったけど、あの押しの強そうなハリウッド女優が、そうそう諦めるわけない、と、少しだけ腹を括った。