「桜庭桔梗……」

その名前には少し心当たりがあった。
確か本家の当主様、私の祖母の姉で男と駆け落ちして島を出たとされている巫女。
巫女の代々の系譜からもその名前は朱の縦線で消されていた。
忌むものとして。
その仕打ちが何故か怖くて、小さい頃はそうなるまいと必死に頑張ってきたのだ。
だけど……どうして向こうでは駆け落ちしたってことになってるんだろう?

「フレディのおばあちゃんって駆け落ちしてここに来たの?」

私が尋ねるとフレディの元々大きな目が、驚きのあまりもっと大きくなった。
そして、大きな声であははと笑い飛ばすと愉快そうに言った。

「あの人が駆け落ちなんてしないって!そんな儚いタイプじゃないよ!もっと剛胆で強引で狂暴で……」

あれ、フレディの顔が青ざめていくよ……。

「……とにかく、駆け落ちはないですよ。ええ、ないです……」

「怖いんですか?」

声の小さくなっていくフレディに少尉さんが尋ねる。

「まぁ……はい。とにかく私は巫女が全てオーマと同じとは思いたくなくてこの研究を始めました。やがていつか、私好みの清楚で気品に満ち、オリエンタルな巫女が必ずやって来ると信じてっ!!」

それは本当に申し訳ありませんでしたっ!!
土下座をして謝りたいくらいですよ。
清楚でも気品があるわけでもオリエンタルでもない、のぺっとした顔の女ですまんなっ!
夢をぶち壊したって怒られるんだろうなぁー……。
先に謝っておくか。
と口を開こうとした時だ。

「だからセリが目覚めて初めて私を見た時には感動したよ。とうとう来た!私の理想の巫女が現れたんだとね!!」

うぉーーーいっ!!
何か違いますよ、あなたの目は節穴ですかー?
もしくは腐ってますかぁー?!
ていうか、あなたがクソ女って言ってた人と同じ顔してるらしいですよー!

私の叫びは声に出さなくても、顔に出ていたらしい。
表情から言いたいことを推測して、フレディが補足した。

「百瀬すずなと顔が良く似てるというのは本当だけどね、顔だけだよ?その心根はまるで違う。そうだなぁ、セリは透き通った碧い海のようだ」

「透き通った碧い海?!」

「そう、どこまでも広く碧く澄んでいて大きく優しくて暖かい。海って本来そういうものでしょ?」

フレディ……やめて、もうやめて、吐きそう……。
典型的な日本人の私には、その殺し文句は胸焼けがするよ。