「え、そうなの? 何で売らないの? "売れない西洋画家"を脱却するチャンスじゃん」

 と、すかさず俺は言ったのだが、

「あれは、どうしても手放したくなくてね……」

 おじさんはそう言い、遠い目をした。

「芸術家って面倒くさいんだね? でも、解る気がするな」

「わかるか、真君。さすが……」

「さすが、何?」

「いや、何でもない。おっと、そろそろ引き上げるとするかな」

「もう帰っちゃうの?」

「最近は歳のせいか眠くなるのが早くてね。居眠り運転はやばいから、早めに帰るよ」

 そうだった。おじさんは、これから車を運転して、山梨のおやじさんの別荘に帰るんだった。アトリエに使っている、湖畔の別荘に。

 ちなみにおじさんは、自分を年寄りみたいに言ったが、そんなはずはないと思う。おやじさんの親友なんだから。せいぜい50歳ぐらいではなかろうか。髭のせいで、よくわからないけど。

 俺はおじさんを送りながら、駐車場まで歩いて行った。

「真君、夏休みにでも別荘に来なさい。あ、君んところの別荘だから、今の言い方はおかしいかな。あはは」

「そんな事はないよ」

「冗談抜きで、来てほしいんだ。幸子ちゃんも一緒に」

「う、うん」

 幸子と二人で別荘へ行く光景を思い浮かべたが、楽しそうでもあり、辛そうでもあり、複雑な気持ちがした。

「じゃ、運転に気をつけて」

「おお。幸子ちゃんと仲良くな?」

 走り去るおじさんの車のテールランプを見ていたら、俺は見てしまった。車のライトに照らされて、一瞬だが鮮明に、街路樹の横で抱き合う男女の姿を。神徳と幸子が、キスしているのを……