かったるい始業式は終わり、後は帰るだけなのだが、幸子がこっちの教室に来ない。特に来いとは言ってなかったが、当然来て、一緒に帰るものと俺は思っていた。

 イラついて廊下に出て、3組の方を見たら、向こうに向かって歩く神徳の後ろ姿が目に入った。あいつは俺と同じくらいに背が高いから、すぐに気付いたのだが、横に黒髪の小柄な女がいて、幸子みたいに見える。

 早足でその二人に追いつくと、やはり女は幸子だった。俺はムカッと腹が立ち、幸子の華奢な肩をガシッと掴んだ。

「きゃっ」

「幸子は、どこへ行くのかな?」

 俺は怒りを鎮めるかのように、わざとゆっくり言った。

「お、お兄ちゃん。私は、その……」

 幸子は、たぶん俺を恐れてだと思うが、口ごもった。すると、

「俺と駅まで一緒に帰るところさ」

 と、神徳が言った。人を小馬鹿にしたような、薄ら笑いを顔に浮かべて。

「そうなのかい、幸子?」

「は、はい」

「そうか。でも、困ったなあ。幸子の事はくれぐれも頼むって、父からも君のお母さんからも言われてるからね、他の男と帰らせる訳には行かないんだ」

 俺はそう言い、幸子ではなく神徳を睨み付けた。

「はいはい。では、後はよろしく。"お兄さま"」

 神徳は、嫌みたっぷりに言い、

「幸子ちゃん、また明日」

 なんて言って、去って行った。何が"幸子ちゃん"だ。ふざけやがって……

 俺は、「はい、さようなら」とか言い、ぼーっと神徳の後ろ姿を見る幸子の手をギュッと握り、

「一緒に帰ろうね?」

 なんて、自分でも気持ちの悪い猫撫で声で言った。もし周りに誰もいなければ、

"とっとと帰るぞ、クソ女!"

 って、言いたい気分だったのだが。