ゆりが嬉しそうに小笠原の腕を掴み、微笑んだ。
何も出来ずに立ち尽くすわたし。小笠原はどちらも選ばないと思っていた。それは少し安心だったし、ゆりを目の前で選ばれることの方が精神的には辛かった。
それならば、わたしが傷つかないようにお店に来ないと言ってくれた方が何倍もマシだった。

その瞬間、小笠原はゆりの腕を優しく振りほどき、高橋の前に立った。
いつもと変わらず柔らかい笑み。

「高橋くん…。いや、いまは店長か。
指名をお願いします、さくらさんで」

その場にいる誰もが一瞬凍りついたと思う。
わたし自身でさえ、何を言われているか分からずに、瞬きさえ忘れた。
けれど目の前の小笠原は笑顔のままで確かに言った。

’指名をお願いします、さくらさんで’と。

VIPルームはあいていたが、VIPでなくていいと小笠原が言って、もう人もまばらなフロアの中のソファーに腰をおろした。
思い返せば、小笠原と2週間も会わなかったのなんて、指名を貰っていらいこの2年間で初めてだった。
小笠原は何だかんだと接待や仕事で毎週のように飲みに出ていたし、もちろん他店で飲む事もあっただろう。けれど最低でも週に1回はお店に来てくれていたし、こちらから誘わなくても月に数回同伴してくれていた。
1番話していて落ち着くお客さんでもあったし、どのお店に居ても一目置かれる彼が自分のお客さんである事も自慢だった。