風も絶えた夏の夜の闇が、重く蒸し暑くたれこめる。


すぐ横には、長いまつ毛を揺らして歩くトオルくんがいる。


イケメンに家まで送ってもらえるなんて、凄く贅沢な時間だなぁ〜なんて実感しつつ、蒸された夜の帳を吸い込んだ。


わざわざ「危ないから、こっちを歩いてくれ」と自ら車道側と変わってくれる彼は、王子様と呼ぶに相応しい。


ふたりの間の沈黙は、すぐ近くの国道を走り去る車の走行音に掻き消されていった。


しばらくそのまま星浮かぶ空の下を歩いていると、不意にトオルくんが口を開く。


「天音さんって、好きな人とかいるの?」



好きな人と尋ねられた瞬間に、何故か自分のことを『ポチ公』呼ばわりしてくる奴の顔が思い浮かんでしまった。


(ど、どうして私、アイツのことを思い出してるの?!)


まるであの暴君のことが好きだと、頭が言っているみたいだ。


(ちちち、違う違う。すぐ意地悪してくるし、突き放すような態度取ってくるし、私のこと女扱いしてくれないし、…………)


「もしかして、マサトのことが好きだったりする?」



見透かされているような鋭い質問に、ドキッと心臓が跳ね上がる。