今日何度目になるかわからない忌々し気な舌打ちの音が、明日香に聞こえた。

「ペーター、抵抗するな。父上のお見舞いに行ってくる。すぐに戻る」

「いいえ、殿下が行くなら私も一緒です」

 その会話で、剣が降ろされた。明日香はゆっくり目を開く。

(全然似てないと思ったら、ふたりは親子じゃなかったんだ。たぶん、主従関係なのね)

 継承争いから遠ざけるために、長子以外の子を出家させるのは、戦国武将あるあるだ。ジェイルもそういう目に遭い、母親と別れ、山奥で暮らしていた。

 ふもとの街で人に関わらないようにしていたのも、自分が王子だとバレるのを防ぐため。知られたら、面倒なことになりそうだから。

 友達も作らず、家族とも別れ、こんな山奥でひっそりと暮らしてきたジェイルの寂しさや苦労を思うと、明日香はやりきれなくなる。

 軍服の男に囲まれ、ジェイルは名残惜しそうに、明日香から手を放した。ふたりは連行されるように歩いていく。

「アスカ、黙っていてすまない。ここで待っていてくれ。見舞いが終わったら、すぐに帰る。詳しい話はそれからしよう」

 振り返ってそう言うジェイル。

(本当に帰ってくる?)

 明日香の頭を、嫌な想像ばかりが巡る。立ち尽くしていた足が震えた。