(初めてリアルな人間を好きになったかも)
平安貴族や戦国武将、新撰組などを題材にした漫画やゲームでときめきと萌えを吸収していた明日香は、初めての恋に戸惑っていた。
(下手に告白なんかして、気まずくなったらどうしたらいいの。やっぱり黙っているべきだよね)
ジェイルに捨てられたら、明日香がこの世界で生き延びられる確率はぐんと下がる。このままの関係がいつまで続くかわからないが、出来るだけ維持しようと決めていた。
「今日の夕食は何にするの?」
明日香を起こした手は、相変わらず彼女の右手を握っている。しかし彼は、彼女の問いに答えない。沈黙が続く。
何かを思いつめているようなジェイルの横顔。不意に不安になり、名前を呼んだ。
「ねえ、ジェイル……?」
「あ、ああすまん。考えごとをしていた」
ジェイルが立ち止まるから、明日香も立ち止まる。彼らの前を、ヤギがちょこちょこと歩いていた。
「なあ、明日香。元の世界に帰りたいとは思わないか」
突然ジェイルが真顔でのぞきこんでくるから、明日香は言葉を詰まらせた。
「え……」
彼に自分の存在が負担になったのだろうか。暗に、もうそろそろ帰れと言われたのだろうか。明日香の心は夕立前の空のように、急激に暗くなる。