「ならばなぜ言葉が通じる。阿呆のふりをした他国のスパイではあるまいな」

 厳しい言葉に、明日香は顔を上げて反論した。

「どうして言葉が通じるかなんて、私だってわからない! とにかく私の生まれた世界はこの地図にはないの……」

 もう家に帰れないどころか、大好きな神社仏閣巡りもできない。大河ドラマも見られない。

 戦国武将を題材にしたゲームもできない、小説や漫画も読めない。お城も登れないし、いつか欲しいと思っていた、小豆長光のレプリカもこの世界では永遠に手に入らない。ちなみに小豆長光と言うのは、上杉謙信が持っていたと思われる刀の名前だ。

(もう、記憶の中でしか戦国時代に触れられない)

 そう思うと悲しくて、明日香はさめざめと泣きだした。

「家に帰りたい……」

 泣きだすと、不安が古墳の層のようにどんどん積み重なってくる。

(これからどうすればいいの)

 仕事もないし、家もない。先のことを考えると、どうにかなってしまいそうだった。

「アスカ……」

 困ったようなジェイルの声が聞こえた。

「どうやら、嘘を吐いているわけではなさそうですね」

 ペーターが明日香に飲み物を進めてくれる。甘い匂いがしたけど、口をつける気にはなれなかった。