トリップしたら国王の軍師に任命されました。


 突然声が聞こえた。蝋燭の灯りが視界に飛び込む。

「ジェイル!」

 明日香が声を上げると、数歩先にいた人影が動く気配がした。

「待て!」

 異変に気づいたジェイルが近づいてくる。人影は明日香の目前を横切り、窓際で強く床を蹴った。

 背を屈め、窓に飛び込んだ人影の姿が月明かりに照らされる。ガラスが割れる大きな音が響き、明日香は思わず目を庇った。

「アスカ、大丈夫か。曲者だ! 追え!」

 ジェイルが駆け寄ってくる。付き添ってきたらしい兵士が、慌てて外へと駆けだしていった。窓が割れる音に気づいたのか、多くの見張りが集まってくるような物音がし始める。

「びっくりしたあ」

 明日香はへなへなと、床に座り込む。

「怪我をしているじゃないか。どうして夜中にひとりで部屋を抜け出したりした。ふと目を覚ましたらいなくなっていたから、肝を冷やしたじゃないか」

 険しい顔で咎められ、明日香は小さくなるしかなかった。

 ジェイルはそれ以上言わず、ハンカチで明日香の傷口を縛る。

「下手人の顔を見たか?」

「ううん……暗くて見えなかった」

「そうか。いいか、お前は王妃なんだ。自分の立場をわかってくれ。もう一人で出歩くな」

 誰かが自分を襲った。そう思うと、余計に体が震える明日香だった。

(いったい誰が……)

 カルボキシル、あるいは他の敵国の兵が城に侵入している? それとも、裏切り者がいる? 軍師や王妃の座を妬む者の仕業?

 考えるほど、明日香の頭は痛んだ。気づいていないだけで、自分の周りは敵だらけなのかもしれない。

「大丈夫だ。俺がお前を守る。だから、俺から離れるな」

 ジェイルが怪我した腕をよけつつ、明日香を強く抱きしめる。明日香は右腕一本で、ジェイルにすがりついた。