「そうですか。それは残念……」
これまでのビアンカを知っている者なら、説得も可能と思うだろう。しかし、本当の彼女はシステインに対する好意はなく、父に婚約者の仇を討ってもらうことを本望としている。
「戦うしかないわね」
決意したように明日香が顔を上げると、ジェイルもうなずいた。
その日の夜。
明日香はこっそりと、夫婦のベッドから抜け出した。
(眠れない……)
窓辺に寄り、月を見上げる。異世界にも月はあるらしい。
カルボキシルと戦うことを考えると、ビアンカの豹変した姿が脳裏によみがえる。明日香の心は千々に乱れていた。
(何が正しいのか、わからない)
最初はジェイルを立派な王にすることに燃えていた。つまらない現実から抜け出し、誰も自分を知らない異世界で、軍師のまねごとをする。明日香はこれまでにはない高揚を感じていた。
しかし、ビアンカのことを思うと、それが全て間違いだった気がする。
(ジェイルは、嫌になったら山に帰ればいいと言った。本当に、そうすることができたらいいのに)
もともと明日香は下っ端の銀行員だ。軍師や王妃という肩書は重すぎた。



