少し薄暗い店内。

ピアノの生演奏が聴こえる。

店内一面に張り巡らされている窓ガラスの向こうには、小さな庭園が広がっている。

純白のテーブルクロスの上に、二つのシャンパングラスと前菜のフォアグラのポワレ。

そして目の前には、黒のストライプスーツに身を包んだあの人。

昨日と同じスーツ姿なのに、

なんだか違う人に見える。

「ここのね、デザートのアイスクリームがすごくおいしいんだよ」

笑顔であの人が。

「そうなんですか?楽しみ。でも、こんな素敵なお店ご存知だなんて……」

「いや、取引先のお客さんに教えてもらった店でね。俺だってめったに来ないよ」

シャンパンを一口、

そしてフォアグラのポワレを一切れ口にして。

食事が進んでいくにつれ、

私たちの話もはずんでいった。

あの人は今の会社で働いて、もう10年になること。

仕事は主に雑誌社に対する営業を行っているということ。

趣味はお酒と車。

週末はふらっとドライブに出かけるのが好きだということ……

他愛もない話。

しかし、

私もあの人も、

昨日の夜のことは口にすることはなかった。

なんだか、

触れてはいけない気がして。

時間は飛ぶように過ぎ、そして……

「行こうか」

あの人がそう言って、私たちは店を出た。

このまま帰ってしまうと、

このまま終わってしまう気がする。

そんなのは嫌。

そう思うと、私は思わず、

「あの、もう少し、一緒に、いたいんですけど……」

と言い、それにあの人は立ち止まり、

「じゃあ……ゆっくりできる所に行こうか」

そう言うと、私の肩をそっと抱き寄せた。