燻る紫煙

「どうかしたの?」

彼の声で私は我に返った。

「ううん、なんでもないの。ちょっと……お手洗い行って来るね」

電話に出るためだったのか、気持ちを落ち着かせるためだったのか、自分でも分からないまま席を立っていた。

少し早歩きで私は化粧室に向かい、中に入るとすぐにバッグから携帯電話を取り出した。

けれど、

すでにあの人からの着信は途絶えていた。

私は、あの人に電話をかけ直そうとはせず、

またバッグにスマホを戻した。

決断を回避することとなり、少しほっとした気持ちもあったが、電話を取れなかったことに後悔する気持ちもあった。

「ごめんね」

席に戻り、私たちは食事を再開した。

あの人は、一体私に何を伝えようとしていたのだろう。

考えないようにしようと思っていても、

私の意識はどこか遠く、

上の空、だった。

そして、

食事を終えるとそのまま私たちはお店を後にし、

彼が車で待ち合わせした場所まで送ってくれた。

車内で、

「今日は一日どうもありがとう。すごく楽しかったよ」

彼がハンドルに手をかけたまま、こちらに微笑みかけた。

「こちらこそ、どうもありがとう」

そう私が言ったところで、少しの沈黙。

これ以上、何も話すことが思いつかなかった私は、

「送ってくれてありがとう。 気をつけて帰ってね」

そう言って、ドアの取っ手を左手でつかむと、

「待って」

彼が私の右腕に軽く触れる。

私がその場で振り向くと、

「もしよかったら、また会えないかな。今日初めて会うのに、いきなりって感じるかもしれないけど。でも、初めて会うって感じは全くしなかったし、一緒にいて本当に楽しくて、……またこれからも会いたいって思うんだ。」

真剣なまなざしで、彼はこちらを見つめる。