燻る紫煙

しかしながら、人は同じ状態にそう長く満足できるものではない。

私とあの人との関係は少しずつ変化していた。

「じゃあそろそろ帰るわ」

あの人がそう言うのと、煙草の火を消すのと、ベッドから起き上がるのはほぼ同時だった。

私のあの人への思いが強くなるほど、

あの人が私に費やす時間は少なくなっていったように感じられた。

あの人はきまって、仕事が早く終わる日に私の部屋に来た。

部屋に入ると、

軽く食事を済ませ、

そして、私を抱いた。

なんだか、

機械的に繰り返される日常。

あの人が帰ると、

1人取り残された私に襲ってくる、喪失感。

1人でいる時間が長くなればなるほど、

それは大きくなっていく。

そして、

余計なことを考えてしまう。

誰もいない部屋で、

あの人に抱きしめられたことを思いだしていると、

ふと、

封じ込めたはずのあの人の家族の姿が浮かびあがってくる。

今頃、あの人は何をしているのだろう。

奥さんの手料理を食べているのだろうか。

娘と遊んでいるのだろうか。

考えないようにしていたはずなのに、

孤独に耐えきれず、

私が存在しない、あの人のもうひとつの世界を想像しては、自分を苦しめてしまう。

そうしていつの間にかその苦しみが、

あの人が家族に費やしている時間が欲しい、

もっとあの人を長く、独り占めしたい……

という欲望に変わっていった。

ただ一緒にいるだけでは、もう満足できない。

人間の欲望は果てることはないのかもしれない……

そう、強く感じた。