燻る紫煙

次の日の早朝、

あの人からの着信があった。

私はその電話を取ることができず、留守電に残されるメッセージを聴いていた。

「昨日はごめん。仕事がなかなか終わらなくて、手が離せなくて……
埋め合わせは明日するから、仕事が終わったら連絡ください」

あの人の声は、私の耳をかすめるだけだった。

瞼が重い。

あの後、私は眠ったのだろうか。

その記憶さえ定かではなかった。

給湯室でコーヒーを入れながら、だいぶ長い間ぼんやりとしていた。

ふと、

気づくと麻里が横に立っていた。

麻里はいつになく真剣な表情で、

私にこう話を切り出した。

「あたし、だいぶ迷ったんだけど。沙耶加のことを思ったら言わないといけないと思って」

無言で私は麻里の瞳を見つめる。

「啓介さんね……

 奥さんと子どもがいるらしいの」

麻里の一言に、私は全く表情を変えることはなく、

これが、

あの人が隠していた秘密だったのか、

と、すべてのことに納得した。

「昨日会ってた友達というのが、最初にバーで会った啓介さんの同僚で。啓介さんが沙耶加と会ってることは知らなかったみたいで、驚いて教えてくれたんだけど……」

麻里の声はただ耳を通り過ぎていくだけだった。

こんなにも、

耐え難い話を聞いているのに、

なぜだろう。

あまりにも客観的に見ている、

驚くほど冷静な自分がいた。

私の心の中は、

ショックな気持ちがあったわけではなく、

悲しい気持ちがあったわけではなく、

ただ、

空っぽだった。

不思議なほど、

何も感情も湧いてこなかった。