東京に引っ越してから、俺達2人の間で、奈々ちゃんの話が出ることはなかった。

俺はずっと引きずっていて、ずっと忘れられなくて、ずっと会いたくて仕方なかった。

高校時代、何人か他の女の子と付き合ったりしてみたけど、付き合う子はみんなどこかしら奈々ちゃんに似てて、でも奈々ちゃんじゃない。

ピアノを弾けば、必ず奈々ちゃんのことを思い出してしまうし。

俺はいつになったら初恋から卒業できるんだろうって、自分で呆れていた。

もしかしたら、好きだという気持ちじゃなく、ただ思い出に囚われてるだけかもしれないけど。


奈々ちゃんの話をしなかったから、兄貴がどうだったのかは全然知らなかった。

とっくに忘れたかもしれないし、俺と同じように忘れられないのかもしれない。

でもそれはもう、兄弟で共有するようなことではなかった。

だって、奈々ちゃんが俺達の前にいたのは、もう過去のことだから。

いつかもっと大人になった時に、酒のつまみにそんな話をするのかもしれなかった。

まあそれも、叶わぬ夢だ。