家に帰ったら、兄貴がリビングのソファーに座って、テレビを観ていた。
「お帰りー」
「ただいま」
着替えるのは後回しにして、俺は兄貴の隣にドカッと座った。
「ねえ、兄貴」
「ん?」
「田崎奈々って、知ってる?」
俺が唐突に訊いたら、兄貴の瞳孔が大きく大きく開いた。
「……うちのクラスの? そりゃ知ってるけど、なんで?」
「奈々ちゃんってさ、可愛いよね」
さらっと言ってみると、兄貴は何故か、ちょっと不機嫌そうに眉を寄せた。
「お前、なんで田崎と知り合いなの?」
田崎。
兄貴は奈々ちゃんのことをそう呼んだ。
まずったな、奈々ちゃん、初めて呼んだ時びっくりしただろうな。
……いや、それよりも。
兄貴が奈々ちゃんを苗字で呼ぶこと自体に、俺は違和感を覚えた。
だって兄貴は、いちばん仲のいい恩ちゃん以外、男女が関わらず下の名前で呼ぶ。
名前があるのに苗字で呼ぶのは失礼じゃん、と前に言っていた。
だから俺も真似してるんだし。
……なんで、奈々ちゃんだけ苗字?
苗字で呼ぶくらい、全く親しくないってこと?
なのに、俺が奈々ちゃんの名前を出したら、やけに食いついた。
しかも不機嫌そうに。
すごく変だよ。
……もしかして、兄貴って。



