うろ覚えだし、荒くてミスタッチもしたのに。
俺のピアノなんて、あんまり練習しない兄貴の足元にも及ばないのに。
ピアノはとても好きだけど、どんなに練習したって、褒められるのはいつも兄貴。
だから本当に、すごく嬉しくて。
気づいたら、俺は奈々ちゃんの頭を撫でていた。
本当に無意識だった。
「あのさ、俺、奈々ちゃんが」
好きだよって言いかけて、我に返った。
……俺は、何者?
俺は今、『鈴木湊人』なんだ。
奈々ちゃんに好きなんて言ったって、俺の気持ちは届かない。
奈々ちゃんにとっての『鈴木くん』は、俺じゃない、兄貴だ。
どうして俺、兄貴のふりなんてしたの。
バカみたい。
もうやめよう。
こんなの、もう。



