初恋をもう一度。【完】


「俺がピアノ弾けることと、ここで会ったことは、2人だけの秘密ね」

別れ際、俺は奈々ちゃんにそう言っておいた。

俺は彼女の口ぶりから、そんなに兄貴と親しくないんじゃないかって判断したからだ。

こう言っておけば、素直で真面目そうな彼女の性格的に、わざわざみんなのいる教室で、兄貴に今日の話をすることもなさそうだと思った。

まあ、ここは賭けだったけど。

別に、兄貴のふりしたことを、兄貴にバレたくない訳じゃない。

奈々ちゃんと共有したこの時間は、俺だけのものだから、知られたくなかった。

それに、これがきっかけで、兄貴と奈々ちゃんが仲良くなったりしてもすごい嫌だ。


彼女とはこれっきりなのに、俺は「またね」なんて言ってしまった。

「またね」があればいいのに。

だけど、奈々ちゃんにとっての『鈴木くん』は、俺じゃなくて兄貴だ。

「またね」を何度繰り返しても、本当のことを言わない限り、彼女の中に俺は存在できない。

安易に兄貴のふりをしたことを、俺はすごく後悔した。