一生懸命作った『月光』を、俺は結局、渡すことができなかった。

別にへタレたわけじゃない。

俺と全く同じことを、理人がしようとしてるのを知ってしまったからだ。

理人は奈々ちゃんへのプレゼントに、サティの『ジュ・トゥ・ヴ』を弾いていた。

あなたが欲しい、あなたが大好き。

そんな真っ直ぐな気持ちを伝えられるくらい奈々ちゃんと仲がいい理人を、心底羨ましく思った。

でも、理人は理人で、奈々ちゃんの件でかなり苦しんでいる。

……しょうがねーなあ。

奈々ちゃんに「好きだよ」って伝える役目は、やっぱり彼女の『鈴木くん』である理人の役目だ。

俺じゃない。

俺の役目は……そう、奈々ちゃんのために、彼女の『鈴木くん』を演じてあげること。

ちょっと、いや、かなり悔しいけど。