それ以上ただをこねてお兄ちゃんを
困らせる気にもなれなくて、私はきゅっと口の端をひき結んだ。



「……ぜったいだよ。やくそくだからね」


「うん。ありがとう」



指切りげんまんを交わして、足早に出て行くお兄ちゃんの背中を見送った、10歳の私。


──結局、その約束が果たされることはなかった。





無機質な白い廊下が、やけに長く感じた。


駆け出したい気持ちをぐっと堪え、冷たいリノリウムの上をひたすら早足で進んでいく。


人気のない廊下の角を曲がったところで、ようやく見知った人の姿を捉えることが出来た。



「茜ちゃん……!」



足跡で私の存在に気付いたのか、オレンジ色の服を着た本郷さんが私の名前を呼んだ。



「本郷さ……」



会うのは2度目なのに、本郷さんの姿を見て張り詰めていた気が少しだけ緩みそうになった。


けど、その向こうに見える扉に書かれた【HCU】という文字が、これが紛れもない現実だということを私に突きつける。


一瞬、息が出来なくなった。



「ごめんね、茜ちゃん。急に連絡したりして」


「いえ……。報せてくださって、ありがとうございます。それより、ナオくんは」


「……要救助者を庇って、倒れてきた家具の下敷きになったんだ。ヘルメットはもちろん被ってたけど、かなり強く頭を打ったみたいで、搬送された時には意識が朦朧としてて」


「そんな……」



本郷さんから聞かされた事実は想像していたよりもずっとリアルで、私は言葉を失ってしまった。



「このHCU……高度治療室って言うらしいんだけど。さっきここに運ばれて、今はまだ、外にいてくれって」


「そう、ですか……」