――――ガンッ!
固い木と木が、ぶつかる音が響いた。

4本の足が地を踏み、あたりにはもうもうと土埃が舞っている。
それに覆われるようにして、細身の影と大きな影が激しく動き回っていた。


「手加減をするな、タケル!」

「しておりませんよっ……翠様がすばしっこいだけです!」

叫び合いながら少し距離を取った2人の額には汗が滲み、息が乱れている。

互いに木の棒を構え、じり……と対峙するその眼は、瞬き一つしていない。


やがて、その右足を勢いよく踏み出したのはタケルだった。

「はあっ!」

叫ぶとともに勢いよく振り下ろされたその棒を、間一髪で翠が受け止める。

棒を交差させながら、タケルも翠も相手を押し負かそうと踏ん張っていた。
2人の腕が苦しそうに震えているのが見える。

「……相、変わらずの、馬鹿力だなっ……」

「お褒め頂きっ、光栄……です……!」

言いながら、タケルが更に全身を使って翠の棒を押し戻す。
翠の右足がズッ、と地面を滑り、そのまま押し負けてしまうように思えた。

しかし次の瞬間、翠が一瞬で身を捩って身体を引いた。

「ぬっ……!?」

翠側に全体重を込めていたタケルの体が、勢い余って前につんのめる。

即座にたった一歩で前を向き直った翠の棒が、ビュッと風を切った。

あ、と思う間もなく――――タケルの首元にその棒がピタリと当てられた。

翠の勝ちだ。
素人の眼から見ても、明らかに勝負は付いた。


「……参りました……」

観念したようにタケルが言うと同時、翠がスッと棒を引いた。

「今日は私の勝ちだな」

微笑みながら額の汗を拭う翠に、タケルが恭しく頭を下げた。

「お見事でございます。いやはや……なかなか翠様に勝てなくなってきましたな」

「とは言え、まだ五分五分程だ。いつか完璧にお前に勝てるようにならなければ」

「勘弁して下さい。それでは私の威厳が皆無になってしまいます」

そんな会話をしながら戻ってくる2人を窓から見つめていたカヤは、そこから離れた。

2人が剣の稽古をしていたのは、翠個人用の小さな広場だ。
回りは高い塀に囲まれ、外からは誰一人として入る事も出来ない。

入口はただ一つ、翠の私室にある切戸口だけだ。

「それにしても、思ったよりも随分足が鈍ってしまっていた」

「ここ最近はずっと机に向かっていらっしゃいましたからな」

その切戸口から部屋に入ってきた2人は、少し疲れたように床に座った。

「お水、どうぞ」

それを見計らったように、カヤは水瓶から組んでおいたお水を2人に手渡す。

「ああ、ありがとう。カヤ」

「うむ」

水を受け取った2人は、一瞬で器を空にしていた。