(あ、またこの匂い)
甘い香の残り香がして、気がつけば翠の唇がカヤの耳元の間近に居た。
「意地張って悪かったよ。ありがとな」
そう囁き、一瞬後には翠はもう顔を上げていた。
その顔は、何か吹っ切れたような笑みを浮かべている。
「あ、うん……」
呆けたように頷くと、翠が何かに気が付いたように辺りを見回した。
「……なんか様子が変わったな?」
「え?」
いつの間にか人々は皆で手を繋ぎ合い、幾つもの小さな集団となっていた。
一体何が始まるのだろう。
二人が戸惑っていると、
「ほら、そこの兄ちゃん!さっさと手を貸しな!」
陽気な声と共に、見知らぬ叔父さんが翠の手を取る。
「えっ!?」
ギョッとしたような翠に、叔父さんが豪快に笑った。
「はっはっは!綺麗な姉ちゃんじゃなくて悪かったな!ま、隣に可愛い子が居るんだし我慢しな!」
「いや、そういうわけじゃなくてっ……」
あれよあれよという間にカヤも知らない女の人に手を握られ、二人は10人程の集団の一部となっていた。
「え?え?」
どうしよう、と翠を見やる。
翠も困ったような表情でカヤを見つめて来た。
と、音楽が今までで一番軽快な速度になり、カヤは翠側に凄い勢いで引っ張られた。
「わ、わっ!」
転びそうになりながら、必死にその力に付いていく。
数えきれないほどの集団はもみくちゃになって、広場を縦横無尽に駆け回る。
右に行ったかと思えば左に行って、もう何が何だか分からない。
「きゃー!」
悲鳴交じりの笑い声を上げながら、カヤも翠もうねる様なその渦の中に呑まれた。
徐々に集団同士がくっ付き、長い長い列になっていく。
名前も顔も知らない民達が、まるで古くからの友人のように固く手を握って。
一つの音楽を共有して、大きな空間を作り出していく。
どこを見ても笑顔が見える。
どこを聞いても笑い声が聞こえる。
何より、翠も。
溢れんばかりの笑顔の翠に、叔父さんが茶化すように叫んだ。
「たまには俺みたいなのと手を繋ぐってのも悪くないだろ!?兄ちゃん!」
「ははは!はい、良いですね!」
冗談めいたその科白に、翠が大きく口を開けて笑う。
そのやり取りを見て、嬉しさで心臓がぎゅっと締め付けられた。
(嗚呼、一体誰が、ここに翠様が居るだなんて思うだろう?)
きっと誰一人として居ないだろう。
だって翠は、この場の誰とも変わらない普通の人間なのだから。
民の手によって空に押し上げられ続けていく翠様。
その羽を、休めたいときだってあるだろう。綻びだってあるだろう。
良いのだ、完璧じゃない翠で。
例え、民の幸福しか願えない貴方だとしても。
明日になったらまた飛び去っていく貴方だとしても。
(今は見ないでおこう。今は感じないでおこう)
二人は夢中で踊った。
弾む足を一度も止めず、繋いだ手を一度も解く事なく。
そうやって夜が更けるまで、この色の薄い夢物語の中で溺れ続けた。
甘い香の残り香がして、気がつけば翠の唇がカヤの耳元の間近に居た。
「意地張って悪かったよ。ありがとな」
そう囁き、一瞬後には翠はもう顔を上げていた。
その顔は、何か吹っ切れたような笑みを浮かべている。
「あ、うん……」
呆けたように頷くと、翠が何かに気が付いたように辺りを見回した。
「……なんか様子が変わったな?」
「え?」
いつの間にか人々は皆で手を繋ぎ合い、幾つもの小さな集団となっていた。
一体何が始まるのだろう。
二人が戸惑っていると、
「ほら、そこの兄ちゃん!さっさと手を貸しな!」
陽気な声と共に、見知らぬ叔父さんが翠の手を取る。
「えっ!?」
ギョッとしたような翠に、叔父さんが豪快に笑った。
「はっはっは!綺麗な姉ちゃんじゃなくて悪かったな!ま、隣に可愛い子が居るんだし我慢しな!」
「いや、そういうわけじゃなくてっ……」
あれよあれよという間にカヤも知らない女の人に手を握られ、二人は10人程の集団の一部となっていた。
「え?え?」
どうしよう、と翠を見やる。
翠も困ったような表情でカヤを見つめて来た。
と、音楽が今までで一番軽快な速度になり、カヤは翠側に凄い勢いで引っ張られた。
「わ、わっ!」
転びそうになりながら、必死にその力に付いていく。
数えきれないほどの集団はもみくちゃになって、広場を縦横無尽に駆け回る。
右に行ったかと思えば左に行って、もう何が何だか分からない。
「きゃー!」
悲鳴交じりの笑い声を上げながら、カヤも翠もうねる様なその渦の中に呑まれた。
徐々に集団同士がくっ付き、長い長い列になっていく。
名前も顔も知らない民達が、まるで古くからの友人のように固く手を握って。
一つの音楽を共有して、大きな空間を作り出していく。
どこを見ても笑顔が見える。
どこを聞いても笑い声が聞こえる。
何より、翠も。
溢れんばかりの笑顔の翠に、叔父さんが茶化すように叫んだ。
「たまには俺みたいなのと手を繋ぐってのも悪くないだろ!?兄ちゃん!」
「ははは!はい、良いですね!」
冗談めいたその科白に、翠が大きく口を開けて笑う。
そのやり取りを見て、嬉しさで心臓がぎゅっと締め付けられた。
(嗚呼、一体誰が、ここに翠様が居るだなんて思うだろう?)
きっと誰一人として居ないだろう。
だって翠は、この場の誰とも変わらない普通の人間なのだから。
民の手によって空に押し上げられ続けていく翠様。
その羽を、休めたいときだってあるだろう。綻びだってあるだろう。
良いのだ、完璧じゃない翠で。
例え、民の幸福しか願えない貴方だとしても。
明日になったらまた飛び去っていく貴方だとしても。
(今は見ないでおこう。今は感じないでおこう)
二人は夢中で踊った。
弾む足を一度も止めず、繋いだ手を一度も解く事なく。
そうやって夜が更けるまで、この色の薄い夢物語の中で溺れ続けた。
