割れた人垣の間を通り、そしてタケルと翠は広場に足を踏み入れる直前で足を止めた。
翠に突っ込んでしまわぬよう、カヤも慌てて止まる。
翠は肩から羽織っていた衣を脱ぎ、タケルに手渡した。
恭しくタケルがそれを受け取る。
いよいよ、お祈りが始まるようだ。
固唾を呑んでそれを見つめていると、翠は粛然と前を向き直った。
春空を駆け抜ける風が、その真白な衣と、漆黒の髪を強くはためかせる。
「――――皆、顔を上げよ」
透き通る声は、静寂を携えたままその場の全員に届いた。
ゆっくりと、だが着実に、下がっていた数えきれない程の頭が上げられていく。
それが見届けた翠が、広場に足を踏み入れて祭壇へと歩いていった。
するとそれが合図かのように割れていた人垣が戻り始め、中途半端な場所に居てしまったらしきカヤはあっという間に人の波に呑まれてしまった。
「わ、ちょ、」
押し合い圧し合いされて溺れかけたカヤは、慌てて円の内側へ泳ぐ。
やっとの思いで人波を抜けると、丁度翠が祭壇の前にたどり着き、深々と頭を下げている所だった。
もみくちゃにされたせいで痛む肩を擦っていると、
「カーやちゃん」
左側から小声で呼ばれた。
隣を見ると、ナツナがニッコリと笑って立っていた。
「ナツナっ」
「えへへ。カヤちゃんが見えたので頑張って最前列に来ちゃいました」
「ありがとう……一人で心細かったんだ」
「ふふ、それは良かったです……あ、始まるみたいですね」
小声で話しながら、カヤたちは翠に視線を戻した。
そしてカヤは頭の布を被っていた事を思い出し、慌てて取り去った。
髪を白日の下に晒した瞬間、周りの人から不躾な視線を感じたが、なるべく気にしないように務めて真っ直ぐ前を向く。
翠のお祈りを目にする事を、そんなものに邪魔されたくなかった。
黙礼を終えた翠はゆっくり立ち上がると、占いでも使用していた神楽鈴を手に取った。
その瞬間、血の気の失せたあの時の翠の顔が頭をよぎった。
(まさか、またあんな風になるんじゃ……)
『占い』じゃなくて『お祈り』だと聞いていたからてっきり安心しきっていたカヤは、思わず身体を強張らせた。
しかし始まったのは、あの己を削るような言葉を吐く行為ではなかった。
―――――シャンッ。
弾むような鈴の音と共に、翠が舞いを始めたのだ。
それは春の空気を楽しむ蝶のように、自由に、淑やかに。
その睫毛はゆっくりと瞬きを繰り返しながら、空を仰ぎ、大地を見据え、そしてカヤ達に微笑みを向ける。
「綺麗ですねえ……」
隣でナツナが、溜息交じりに呟いた。
「……うん」
無意識に頷いたカヤの眼は、翠から解けない。
季節に、世界に、心から感謝するかのようなその祈りを、カヤは息を止めながら見つめていた。
初めてお告げを眼にした時と同じように、この時間がずっと続けばいいのに、と思った。
やがてシャン、と最期の鈴が鳴り、翠の舞が静かに終息にたどり着く。
その場の視線を全て集めながら、彼はゆっくりと祭壇に戻るとその上に置かれていた大きな器を引き寄せた。
その中には、白色と赤色の何かが淵いっぱいまで入っている。
「……あれは何?」
こっそりと隣のナツナに尋ねる。
「昨日カヤちゃんが摘んできたお花ですよ」
その言葉によくよく眼を凝らすと、確かに昨日ユタが摘んできたあの白い花の花弁のように見える。
花束として使用するものだと思っていたカヤは予想外のその姿に驚いた。
翠に突っ込んでしまわぬよう、カヤも慌てて止まる。
翠は肩から羽織っていた衣を脱ぎ、タケルに手渡した。
恭しくタケルがそれを受け取る。
いよいよ、お祈りが始まるようだ。
固唾を呑んでそれを見つめていると、翠は粛然と前を向き直った。
春空を駆け抜ける風が、その真白な衣と、漆黒の髪を強くはためかせる。
「――――皆、顔を上げよ」
透き通る声は、静寂を携えたままその場の全員に届いた。
ゆっくりと、だが着実に、下がっていた数えきれない程の頭が上げられていく。
それが見届けた翠が、広場に足を踏み入れて祭壇へと歩いていった。
するとそれが合図かのように割れていた人垣が戻り始め、中途半端な場所に居てしまったらしきカヤはあっという間に人の波に呑まれてしまった。
「わ、ちょ、」
押し合い圧し合いされて溺れかけたカヤは、慌てて円の内側へ泳ぐ。
やっとの思いで人波を抜けると、丁度翠が祭壇の前にたどり着き、深々と頭を下げている所だった。
もみくちゃにされたせいで痛む肩を擦っていると、
「カーやちゃん」
左側から小声で呼ばれた。
隣を見ると、ナツナがニッコリと笑って立っていた。
「ナツナっ」
「えへへ。カヤちゃんが見えたので頑張って最前列に来ちゃいました」
「ありがとう……一人で心細かったんだ」
「ふふ、それは良かったです……あ、始まるみたいですね」
小声で話しながら、カヤたちは翠に視線を戻した。
そしてカヤは頭の布を被っていた事を思い出し、慌てて取り去った。
髪を白日の下に晒した瞬間、周りの人から不躾な視線を感じたが、なるべく気にしないように務めて真っ直ぐ前を向く。
翠のお祈りを目にする事を、そんなものに邪魔されたくなかった。
黙礼を終えた翠はゆっくり立ち上がると、占いでも使用していた神楽鈴を手に取った。
その瞬間、血の気の失せたあの時の翠の顔が頭をよぎった。
(まさか、またあんな風になるんじゃ……)
『占い』じゃなくて『お祈り』だと聞いていたからてっきり安心しきっていたカヤは、思わず身体を強張らせた。
しかし始まったのは、あの己を削るような言葉を吐く行為ではなかった。
―――――シャンッ。
弾むような鈴の音と共に、翠が舞いを始めたのだ。
それは春の空気を楽しむ蝶のように、自由に、淑やかに。
その睫毛はゆっくりと瞬きを繰り返しながら、空を仰ぎ、大地を見据え、そしてカヤ達に微笑みを向ける。
「綺麗ですねえ……」
隣でナツナが、溜息交じりに呟いた。
「……うん」
無意識に頷いたカヤの眼は、翠から解けない。
季節に、世界に、心から感謝するかのようなその祈りを、カヤは息を止めながら見つめていた。
初めてお告げを眼にした時と同じように、この時間がずっと続けばいいのに、と思った。
やがてシャン、と最期の鈴が鳴り、翠の舞が静かに終息にたどり着く。
その場の視線を全て集めながら、彼はゆっくりと祭壇に戻るとその上に置かれていた大きな器を引き寄せた。
その中には、白色と赤色の何かが淵いっぱいまで入っている。
「……あれは何?」
こっそりと隣のナツナに尋ねる。
「昨日カヤちゃんが摘んできたお花ですよ」
その言葉によくよく眼を凝らすと、確かに昨日ユタが摘んできたあの白い花の花弁のように見える。
花束として使用するものだと思っていたカヤは予想外のその姿に驚いた。