次の日は、空にうす雲が引かれた晴天となった。

春一番が時折強く吹き付けるものの、薄い青に染まる空を見た所、今日は雨の心配をしなくても大丈夫そうだ。

そんな爽やかな春の陽気の中、カヤは薄暗い廊下でタケルと無言で並んで立っていた。


「…………」

「…………」

この人と2人きりになった事は無かったため、特に話すことも見当たらず。

カヤ達が気まずい雰囲気の中、翠の部屋の入口をひたすら見つめていると、タケルがぼそりと口を開いた。

「……娘」

「は、はいっ」

「お主、その頭の布を被っていくのか」

太い眉毛を少し顰めながら、タケルはカヤの頭に被られている布を見つめる。

「あ……はい、翠様が被っていきなさいと申しておりましたので……お祈りの時には外します」

「……ならば良い」

そう短く言って、タケルはまた部屋の入口に視線を戻した。


(な、何が"タケルは屋敷の者10人分くらいは話す"だよ……!)

吃驚するくらい無口じゃないか。気まずすぎる。
お願いだ、翠。一刻も早く来てくれ。


そう心から願った時、入口を覆う布が内側から捲られた。

「すまない。待たせたな」

そこから出てきた翠は、見慣れたカヤでさえ思わず息を漏らしてしまう美しさだった。


肩から羽織っている衣の下には、今日のような特別な日のために仕立てられた豪華絢爛な衣装が見える。

白を貴重としたそれは、所々に繊細な赤い装飾が施されており、大変優美だ。

衣装だけではない。
元から滑るような美しさの黒髪も、椿油で手入れをしたためか周りの光さえ取り込んでしまいそうな程に輝いている。

眼を見張るほど鮮やかな唇を少し微笑ませ、こちらに近づいてくる翠を、この世の人間とは思えなかった。


「……綺麗です、凄く」

「ふふ、ありがとう」

呆けたように呟くカヤに、翠は妖艶な笑顔を見せる。
よもやこれが男性だとは、神様はどうやら大半の女性を敵に回したいらしい。

「さ、翠様。民が待ちわびております。行きましょう」

タケルはそう言って翠の前をせかせかと歩き始めた。
その後を翠が、そして少し後ろをカヤが続く。

前を行く翠から甘い香りがした。香を焚いたのだろう。
翠は気を張っているのか、それ以上何も話さなかった。


そのまま長い廊下を歩き、カヤ達は建物を出ると、屋敷の敷地内にある広場へと向かった。

祭事の時は特別に屋敷に仕える者以外の立ち入りも許されるらしく、見慣れない顔の人達がそこら中に居る。


キョロキョロしながら歩いていると、いつの間にやら広場に近づいてきていた。

そしてカヤは、広場の様子を見て眼を丸くした。
広場を丸く囲むようにして、物凄い数の人たちが集まっているのだ。

翠は、このとんでもない量の人達の前で祈りを捧げるのか。

3人が近づくにつれ、気が付いた民達が次々にその場にひれ伏していく。

今まではひれ伏す側にいたカヤは、ひれ伏される側の目線から見たその光景に怖気づいてしまいそうだった。


「道をあけい!」

タケルの野太い声と共に、分厚い人垣がゆっくりと割れて広場への道を開ける。

今日初めて見えた広場の中心には、祭壇らしきものが見えた。
きっと翠はあの場所でお祈りを捧げるのだろうと分かった。