その両腕には崩れんばかりの量の器が抱えられている。
「わ、どうしたの?その大量の器」
「明日の祭事でお招きする方々にお料理を出すので、その器ですよー。今から洗いに行くのです」
「……全部洗うの?その量を?一人で?」
呆然としながら聞くが、ナツナは軽い調子で頷く。
「はいー。本当はもう一人洗ってくれる子が居るのですが、今日は体調を崩してしまっているのですよ」
朗らかにそう言われるものの、到底一人で終わりそうな量には見えない。
「わ、私手伝う!暇だし!」
思わずそう言っていた。
「え、そんな、大丈夫ですよ!」
「良いから半分貸して。日が暮れちゃうよ、こんなの。それにおにぎりのお礼、まだしてないし」
言いながら遠慮するナツナの手から器を半分奪い取る。
「どこで洗うの?外?」
そう問いかけると、驚いたような顔をしていたナツナが慌てて「はい」と頷いた。
「じゃあ行こっか」
「……えへへ。とっても嬉しいです。ありがとうございます、カヤちゃん」
「そんな大げさな……」
万遍の笑みを浮かべるナツナに、カヤは照れて俯いた。
カヤ達は器を抱えたまま、屋敷の外にある井戸まで向かった。
大量の器をそっと地面に置き、二人は井戸から汲んだ水でさっそく器洗いに掛かった。
器を水に漬けながら布で一つ一つ丁寧に器を磨いていくが、長年放置されていたらしき器の汚れはなかなか頑固だ。
かなり強い力を込めなければ綺麗にならない。
想像していたよりも、なかなかの重労働だ。
(ナツナ一人にさせなくて良かった)
そう思いながら汚れと格闘していると、手際よく手を動かすナツナが口を開いた。
「カヤちゃん、明日はずっと翠様のお供ですか?」
「ん?どうだろ……多分そうなるのかな」
考えながらそう答える。
実はあまり明日の翠の行動を把握していないのだ。
ただ、祭事が始まる前に民の前でお祈りをするという事くらしか聞いていない。
「そっかあ、そうですよね」
ナツナのどことなく残念そうな声に「どうして?」と尋ねる。
「せっかくなのでカヤちゃんと祭事を回りたかったのです。カヤちゃんにとっては初めての祭事なので、楽しんでもらいたくって」
少し寂しそうに呟くナツナの言葉に、なんだか胸のあたりが締め付けられた。
かつてナツナに酷い事を言ってしまった時に感じた、あの痛みでは無い。
どちらかと言えば、甘みを帯びた形容しがたい痛みだった。
「えっと、あの、もし翠様のお許しが出たら一緒に回ってくれる?」
どうにかそう言ったカヤの言葉にナツナは、ぱあっと表情を明るくさせ、元気よく頷いた。
「はい!回れると良いですね!」
(もしも言えそうだったら、翠にお願いしてみよう)
カヤは、そう心に決めた。
少し弾んだ気分のまま、カヤは順調に器を磨いていく。
磨き終えた器が4分の1ほどになってきた頃、カヤの手際もいくらかマシになってきていた。
「ふう……」
長時間作業に没頭していたカヤは凝り固まった体をほぐそうと、久しぶりに顔を上げて背伸びをした。
と、ふと通りかかったらしき屋敷の人と眼が合った。
二人組の女性達はカヤからバッと眼を反らすと、こそこそ何かを話しながら去っていく。
会話は聞こえないが、恐らく自分の事だろう。
作業に夢中で気が付かなったが、その女性達だけではなく、井戸の前を通るほとんどの人がカヤを見ると嫌な顔をしていた。
先ほどまで浮ついていた気持ちが、ずん、と落ち込んだ。
(……もしかして私、軽い気持ちでこの作業を手伝うべきでは無かったのかもしれない)
手の中の器を無意識の転がしながら、今更ながらにそう感じ始めた。
自分が触れた器なんて使えないと思う人が、必ず居るはずだ。
どうしてその考えに至らなかったのだろう?
「ナ、ナツナ……やっぱり私さ、」
手伝わない方がいいよね?と言いかけた言葉は、
「こら、あんた!」
と言う鋭い声に掻き消された。
「わ、どうしたの?その大量の器」
「明日の祭事でお招きする方々にお料理を出すので、その器ですよー。今から洗いに行くのです」
「……全部洗うの?その量を?一人で?」
呆然としながら聞くが、ナツナは軽い調子で頷く。
「はいー。本当はもう一人洗ってくれる子が居るのですが、今日は体調を崩してしまっているのですよ」
朗らかにそう言われるものの、到底一人で終わりそうな量には見えない。
「わ、私手伝う!暇だし!」
思わずそう言っていた。
「え、そんな、大丈夫ですよ!」
「良いから半分貸して。日が暮れちゃうよ、こんなの。それにおにぎりのお礼、まだしてないし」
言いながら遠慮するナツナの手から器を半分奪い取る。
「どこで洗うの?外?」
そう問いかけると、驚いたような顔をしていたナツナが慌てて「はい」と頷いた。
「じゃあ行こっか」
「……えへへ。とっても嬉しいです。ありがとうございます、カヤちゃん」
「そんな大げさな……」
万遍の笑みを浮かべるナツナに、カヤは照れて俯いた。
カヤ達は器を抱えたまま、屋敷の外にある井戸まで向かった。
大量の器をそっと地面に置き、二人は井戸から汲んだ水でさっそく器洗いに掛かった。
器を水に漬けながら布で一つ一つ丁寧に器を磨いていくが、長年放置されていたらしき器の汚れはなかなか頑固だ。
かなり強い力を込めなければ綺麗にならない。
想像していたよりも、なかなかの重労働だ。
(ナツナ一人にさせなくて良かった)
そう思いながら汚れと格闘していると、手際よく手を動かすナツナが口を開いた。
「カヤちゃん、明日はずっと翠様のお供ですか?」
「ん?どうだろ……多分そうなるのかな」
考えながらそう答える。
実はあまり明日の翠の行動を把握していないのだ。
ただ、祭事が始まる前に民の前でお祈りをするという事くらしか聞いていない。
「そっかあ、そうですよね」
ナツナのどことなく残念そうな声に「どうして?」と尋ねる。
「せっかくなのでカヤちゃんと祭事を回りたかったのです。カヤちゃんにとっては初めての祭事なので、楽しんでもらいたくって」
少し寂しそうに呟くナツナの言葉に、なんだか胸のあたりが締め付けられた。
かつてナツナに酷い事を言ってしまった時に感じた、あの痛みでは無い。
どちらかと言えば、甘みを帯びた形容しがたい痛みだった。
「えっと、あの、もし翠様のお許しが出たら一緒に回ってくれる?」
どうにかそう言ったカヤの言葉にナツナは、ぱあっと表情を明るくさせ、元気よく頷いた。
「はい!回れると良いですね!」
(もしも言えそうだったら、翠にお願いしてみよう)
カヤは、そう心に決めた。
少し弾んだ気分のまま、カヤは順調に器を磨いていく。
磨き終えた器が4分の1ほどになってきた頃、カヤの手際もいくらかマシになってきていた。
「ふう……」
長時間作業に没頭していたカヤは凝り固まった体をほぐそうと、久しぶりに顔を上げて背伸びをした。
と、ふと通りかかったらしき屋敷の人と眼が合った。
二人組の女性達はカヤからバッと眼を反らすと、こそこそ何かを話しながら去っていく。
会話は聞こえないが、恐らく自分の事だろう。
作業に夢中で気が付かなったが、その女性達だけではなく、井戸の前を通るほとんどの人がカヤを見ると嫌な顔をしていた。
先ほどまで浮ついていた気持ちが、ずん、と落ち込んだ。
(……もしかして私、軽い気持ちでこの作業を手伝うべきでは無かったのかもしれない)
手の中の器を無意識の転がしながら、今更ながらにそう感じ始めた。
自分が触れた器なんて使えないと思う人が、必ず居るはずだ。
どうしてその考えに至らなかったのだろう?
「ナ、ナツナ……やっぱり私さ、」
手伝わない方がいいよね?と言いかけた言葉は、
「こら、あんた!」
と言う鋭い声に掻き消された。
