翠はそこに立っていた。
深い黒色の衣装を身に纏い、短く切られた艶やかな髪を風にはためかせながら。
カヤの純白の衣と対になっている漆黒の衣には、所々が金色の糸で紋様が描かれていて、目を見張る美しさだった。
ずっと女性として過ごしてきた翠は、白い衣ばかり身に付けていたので、こうして真っ黒な衣装を着ているのはとても新鮮だ。
(わ……)
普段とは違う彼の姿を見て、カヤは己の心臓が意に反して騒ぎ立てるのを止められなかった。
彼を綺麗だと思う事は何度もあったが――――こんな風に、男性として格好良いなんて思うのは、初めてだった。
「良く似合ってる。綺麗だな」
固まっているカヤに向かって、翠が薄く微笑んだ。
「……っえ?あ、ありがと……翠も、その……大変お似合いで……」
しどろもどろになりながら答えれば、翠が「なんだそれ」と吹き出した。
「では、翠様。私はそろそろ」
「頑張れよ、クンリク」
そんな声にカヤはハッとした。
すっかり気が付かなかったのだが、少し離れた所にハヤセミと弥依彦が立っていた。
その後ろにはタケルの姿もある。
「ひこ!ねえねえ、あそぼ!」
カヤと手を繋いでいた蒼月が、元気よく弥依彦に駆け寄っていく。
「はいはい、後でな。明後日までは居る予定だから」
「やった!約束!」
「うん、約束」
そう言って蒼月の頭を撫でる弥依彦の姿を、カヤも翠も微笑みながら見つめた。
弥依彦は定期的に翠の国へ立ち寄ってくれるし、蒼月もまた『後学』のためと称して、何度か弥依彦の国を訪問させて貰った。
その事もあってか、蒼月は弥依彦の事を歳の離れた兄のように慕っていた。
「じゃあ、またな。琥珀」
ミナトがカヤに手を上げた。
「うん。また後で」
「ビビってリンから転げ落ちるなよ」
「お、脅すの止めてよ!」
焦りながら叫んだカヤを笑い、ミナトは弥依彦達と連れ立ってその場を去って行った。
「翠様。そろそろお時間ですぞ」
タケルの言葉に、翠は「ああ」と頷いた。
「カヤ。先にリンに乗りな」
「……はい」
ああ、来るな来るなと思っていた瞬間がいよいよ始まってしまう。
カヤは翠に手を貸して貰いながら、動きにくい衣装を破らぬよう慎重にリンに乗った。
身体の前で蒼月をしっかりと抱き、そして翠がカヤの後方に乗る。
三人で馬に乗るのは久しぶりだが、以前乗った時よりも随分狭く感じた。
蒼月が大きくなったためだろう。
(三人で馬に乗れるのも、これで最後かなあ……)
そんな事を思っている内にリンはゆっくりと歩を進め出した。
屋敷の門の前では、馬に乗った兵達が隊列を組んで待機していた。
深い黒色の衣装を身に纏い、短く切られた艶やかな髪を風にはためかせながら。
カヤの純白の衣と対になっている漆黒の衣には、所々が金色の糸で紋様が描かれていて、目を見張る美しさだった。
ずっと女性として過ごしてきた翠は、白い衣ばかり身に付けていたので、こうして真っ黒な衣装を着ているのはとても新鮮だ。
(わ……)
普段とは違う彼の姿を見て、カヤは己の心臓が意に反して騒ぎ立てるのを止められなかった。
彼を綺麗だと思う事は何度もあったが――――こんな風に、男性として格好良いなんて思うのは、初めてだった。
「良く似合ってる。綺麗だな」
固まっているカヤに向かって、翠が薄く微笑んだ。
「……っえ?あ、ありがと……翠も、その……大変お似合いで……」
しどろもどろになりながら答えれば、翠が「なんだそれ」と吹き出した。
「では、翠様。私はそろそろ」
「頑張れよ、クンリク」
そんな声にカヤはハッとした。
すっかり気が付かなかったのだが、少し離れた所にハヤセミと弥依彦が立っていた。
その後ろにはタケルの姿もある。
「ひこ!ねえねえ、あそぼ!」
カヤと手を繋いでいた蒼月が、元気よく弥依彦に駆け寄っていく。
「はいはい、後でな。明後日までは居る予定だから」
「やった!約束!」
「うん、約束」
そう言って蒼月の頭を撫でる弥依彦の姿を、カヤも翠も微笑みながら見つめた。
弥依彦は定期的に翠の国へ立ち寄ってくれるし、蒼月もまた『後学』のためと称して、何度か弥依彦の国を訪問させて貰った。
その事もあってか、蒼月は弥依彦の事を歳の離れた兄のように慕っていた。
「じゃあ、またな。琥珀」
ミナトがカヤに手を上げた。
「うん。また後で」
「ビビってリンから転げ落ちるなよ」
「お、脅すの止めてよ!」
焦りながら叫んだカヤを笑い、ミナトは弥依彦達と連れ立ってその場を去って行った。
「翠様。そろそろお時間ですぞ」
タケルの言葉に、翠は「ああ」と頷いた。
「カヤ。先にリンに乗りな」
「……はい」
ああ、来るな来るなと思っていた瞬間がいよいよ始まってしまう。
カヤは翠に手を貸して貰いながら、動きにくい衣装を破らぬよう慎重にリンに乗った。
身体の前で蒼月をしっかりと抱き、そして翠がカヤの後方に乗る。
三人で馬に乗るのは久しぶりだが、以前乗った時よりも随分狭く感じた。
蒼月が大きくなったためだろう。
(三人で馬に乗れるのも、これで最後かなあ……)
そんな事を思っている内にリンはゆっくりと歩を進め出した。
屋敷の門の前では、馬に乗った兵達が隊列を組んで待機していた。