弥依彦を再び王に―――――そんな民の声の後押しもあり、弥依彦は王位を受け取る事を決めた。

彼はこの二年間、自らの足で各地を回り、民と言葉を交わし、国の復興に尽力を注いできた。

民思いの善き王だと言う話は、カヤの耳にまで届いてくるほどだ。

そしてハヤセミとミナトは、弥依彦の側近として傍に仕え、彼の力となっている。

話しでは、王位を明け渡したハヤセミは砦を去ろうとしたのだが、王となった弥依彦がそれを許さなかったそうだ。

ハヤセミが王だった時代、彼が打ち出した政策が国のため、民のためになっていたのは事実だからだ。

かくして、弥依彦の国の復興は順調に進み、ようやく国内の情勢も落ち着きを見せ始めてきたらしい。




「ところで律はどうした?」

丁度カヤが紅を差して貰っている時、ミナトが尋ねた。

「分かんない。騒がしいのは嫌いだからこっそり見に来るよ、っては言ってくれたんだけど……」

「あいつらしいな」

ミナトが苦笑いを零した。

律は相変わらず一か所には落ち着かず、あちこち飛び回っていた。

話しでは翠に頼まれて細作のような仕事をしてくれているらしいが、あまり詳しくは教えてくれない。

だが時たまふらりと現れては、屋敷に留まり、カヤの話し相手になってくれた。

しばらく姿を見かけてはいないが、約束通り村のどこかには居てくれているのかもしれない。



「さ、終わりましたよ。カヤちゃん」

紅を差し終えたナツナが、ニコッと笑った。

「あら、可愛い可愛い。ちゃんとお嫁さんみたいに見えるわよ」

ユタがケラケラと笑った。

「からかわないでよ……」

「からかってないわよ。ほら、そろそろ時間じゃない?翠様の所に行きなさい」

「はあい……」

ユタに促され、カヤは重たい腰を上げた。

ああ、いよいよ始まってしまう。

ズシン、と重たい胃を抱えながら、カヤは蒼月とミナトと連れ立って屋敷の外に出た。


爽やかな秋晴れの日だった。

薄い青空に千切れ雲が浮かんでいる。心とは裏腹に、とても気持ちの良い天気だ。


「リン!」

隣のミナトが嬉しそうな声を上げた。

前方を見れば、黄白色の馬がこちらを見ていた。

ミナトはリンに駆け寄ると、優しく鼻面を撫でた。

「元気だったか?頑張れよ、大役だからな」

リンもまたミナトに鼻先をすり寄せる。


翠と相談をして、民へのお披露目の際に乗る馬は、リンにお願いする事にしたのだ。

今日のリンは真っ白な婚礼用の馬具で着飾られ、普段以上に綺麗だった。


「今日はよろしくね、リン」

カヤもまたリンの脇腹をポンポンと撫でた。



「――――カヤ、準備出来たか?」

と、そんな声が聞こえ、カヤは振り返った。

「あ、翠……」

振り向いたカヤは、息を呑んだ。