再び視線を前に戻せば、パッカリと別れた人垣の向こう側からゆっくりと歩いてくる人物が見えた。
高官の一人である桂だ。
久しぶりに見るが、厳しい顔つきは何ら変わっていない。
「ひとまず降りよう、カヤ」
「う、うん」
翠に手を引いて貰いながら馬から降りた時、丁度桂が二人の元へ辿り着いた。
「桂。これは一体どういう事だ?」
翠が戸惑ったように訪ねた。
「どういう事も何も、村を上げて『神官様』をお迎えする事に何か問題でも御座いますか?」
桂の言葉に、翠もカヤもチラリと顔を見合わせた。
一体どういう事なのだろうか。人々の反応が、予想していた反応とは、全く異なりすぎる。
「おひげ!」
不意に蒼月が桂の立派な顎鬚を指さしながら元気よく言った。
「ちょ、ちょっと、蒼月!」
慌てて口を塞ぐが、時すでに遅し。
桂が皺に埋もれた眼を細め、じろりと蒼月を見やった。
「……この子が御子ですか」
桂の眼が、蒼月の金の髪を追った。
翠は固い表情のまま、ゆっくりと頷いた。
「その通りだ。この子は私の息子で、母親はカヤだ。今まで黙っていてすまなかった。私は女では無く……」
「男なのでしょう。ええ、話は聞き及んでいますとも。国中の者が知っております」
桂の言葉に、翠は不可解そうに眉を顰めた。
「だったら、なぜ――――」
「なぜ、貴方をまだ『神官』と呼ぶのか、という事でしょうか?」
桂が翠が言おうとした言葉に続きを受け持った。
翠は一瞬黙ったが、すぐに「そうだ」と頷いた。
「愚問ですな」
桂が言った。
「貴方は神力を失っても尚、見事この国を治めてみせました。その意志を受け取れぬほど、この国の民は落ちぶれてはおりませぬ」
隣で翠が息を呑むのが聞こえた。
聞き間違いでは無い。
いや、でも、桂がそんな事を言うなんて、在り得るのだろうか?
カヤは信じられない気持ちで、桂の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、耳をそばだてた。
「貴方は三年前の約束を叶えたのです」
当惑している二人に、桂は言葉を続ける。
「貴方が男か女かなど関係は無い。私どもは貴方を神官として認めた。それだけの事です」
異論は御座いますまいな――――と、そう言った桂は、立ち尽くしている翠に向かって、確かに微笑んだ。
その瞬間、カヤはようやく確信した。
翠が一人の人間として、人々に認められたのだと。
血の滲むような努力の結果、その確固たる信頼を勝ち取ったのだと。
「ああ、無い」
翠が言った。
やっぱり彼は、泣きそうな顔で笑っていた。
それが堪らなく嬉しくて、カヤは翠を先に置いて泣いてしまった。
「良かったね、翠」
ボロボロと涙を零しながら何とか笑ったカヤの顔を見て、翠は仕方無さそうな笑みを零した。
(嗚呼、翠。叶えたんだね)
強く思い続けた意志を、貴方は、ようやく――――――
「どうやら旅はお預けだな」
うん、と頷いたカヤの頭を、翠が二度撫でる。
とても優しい表情で笑う翠の向こう側で、澄み切った秋空が、どこまでもどこまでも続いていた。
高官の一人である桂だ。
久しぶりに見るが、厳しい顔つきは何ら変わっていない。
「ひとまず降りよう、カヤ」
「う、うん」
翠に手を引いて貰いながら馬から降りた時、丁度桂が二人の元へ辿り着いた。
「桂。これは一体どういう事だ?」
翠が戸惑ったように訪ねた。
「どういう事も何も、村を上げて『神官様』をお迎えする事に何か問題でも御座いますか?」
桂の言葉に、翠もカヤもチラリと顔を見合わせた。
一体どういう事なのだろうか。人々の反応が、予想していた反応とは、全く異なりすぎる。
「おひげ!」
不意に蒼月が桂の立派な顎鬚を指さしながら元気よく言った。
「ちょ、ちょっと、蒼月!」
慌てて口を塞ぐが、時すでに遅し。
桂が皺に埋もれた眼を細め、じろりと蒼月を見やった。
「……この子が御子ですか」
桂の眼が、蒼月の金の髪を追った。
翠は固い表情のまま、ゆっくりと頷いた。
「その通りだ。この子は私の息子で、母親はカヤだ。今まで黙っていてすまなかった。私は女では無く……」
「男なのでしょう。ええ、話は聞き及んでいますとも。国中の者が知っております」
桂の言葉に、翠は不可解そうに眉を顰めた。
「だったら、なぜ――――」
「なぜ、貴方をまだ『神官』と呼ぶのか、という事でしょうか?」
桂が翠が言おうとした言葉に続きを受け持った。
翠は一瞬黙ったが、すぐに「そうだ」と頷いた。
「愚問ですな」
桂が言った。
「貴方は神力を失っても尚、見事この国を治めてみせました。その意志を受け取れぬほど、この国の民は落ちぶれてはおりませぬ」
隣で翠が息を呑むのが聞こえた。
聞き間違いでは無い。
いや、でも、桂がそんな事を言うなんて、在り得るのだろうか?
カヤは信じられない気持ちで、桂の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、耳をそばだてた。
「貴方は三年前の約束を叶えたのです」
当惑している二人に、桂は言葉を続ける。
「貴方が男か女かなど関係は無い。私どもは貴方を神官として認めた。それだけの事です」
異論は御座いますまいな――――と、そう言った桂は、立ち尽くしている翠に向かって、確かに微笑んだ。
その瞬間、カヤはようやく確信した。
翠が一人の人間として、人々に認められたのだと。
血の滲むような努力の結果、その確固たる信頼を勝ち取ったのだと。
「ああ、無い」
翠が言った。
やっぱり彼は、泣きそうな顔で笑っていた。
それが堪らなく嬉しくて、カヤは翠を先に置いて泣いてしまった。
「良かったね、翠」
ボロボロと涙を零しながら何とか笑ったカヤの顔を見て、翠は仕方無さそうな笑みを零した。
(嗚呼、翠。叶えたんだね)
強く思い続けた意志を、貴方は、ようやく――――――
「どうやら旅はお預けだな」
うん、と頷いたカヤの頭を、翠が二度撫でる。
とても優しい表情で笑う翠の向こう側で、澄み切った秋空が、どこまでもどこまでも続いていた。