【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「先に出ろ、カヤ!」

翠に背中を押されながら扉をくぐれば、外はまだ真っ暗だった。

だが辺りの様子が様変わりしている事は容易に分かった。

水は退いたようだが、見える箇所にある木はほとんどがなぎ倒され、足元は湿った泥で覆われ、異様な臭いが鼻を付いた。


「砦の崩落に巻き込まれると危険です!高台に行きましょう!」

ミナトが先頭切って歩き出し、皆がそれに続いた。


「大丈夫か、カヤ?」

「うん」

高台への道中、翠に手を引かれて歩きながら、カヤはふと空を見上げた。

塗り潰したような黒い空には、地上の混沌を静観するように三日月が浮かんでいる。


(―――――助かったのか)

ぼんやりとそんな事を実感し、そしてカヤは不意に思い出した。

どうして今、それを思い出したのかは分からない。

死と隣合わせになった恐怖からなのか。

そこから無事に助け出され、身体中で安堵しているからなのか。


「っ、」

ただ、涙が溢れる事をどうしても止められなかった。


「かか?」

腕の中の蒼月が瞳に心配そうな色を浮かべた。

「どうしたっ?何処か痛むのか、カヤ?」

前を歩いていた翠が立ち止まり、カヤの頬に触れる。


「ううん、ごめん。何でもないの」

ゆっくりと首を横に振り、二人に笑いかける。

愛おしい二人の顔が滲んで、それでもカヤは嬉しくて仕方が無かった。


「月が綺麗なだけだよ」

かつては刃に見えて仕方が無かったそれが、今はそう思えるのだ。



(嗚呼、そうか)

私、知らない間にこんなに幸せになっていたんだ。



「ありがとう。翠、蒼月」



――――――その後、砦は夜明けと共に完全に崩落した。













目を焼くほどの朝日を全身に浴びながら、目の前で崩れ落ちている砦を、誰もが黙って見つめていた。

大量の土埃を上げ、あれほど壮大だった石の要塞が無に戻っていく。

その様は、驕り高ぶった人間を自然が嘲笑っているかのような呆気無さだった。


「兄上……大丈夫ですか?」

砦の残骸を見下ろしているハヤセミに、ミナトがおずおずと声を掛けた。

「なんだ、そのしみったれた顔は」

ハヤセミが、ミナトの方を見もせずに素っ気なく言った。

ミナトはそれ以上何と声を掛けて良いのか分からないようで、気まずそうに俯いてしまった。