【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

こちらを見ようとせず、どこかバツの悪そうなハヤセミの顔を、カヤは思わずじっと見つめた。


『―――――ミズノエ。お前はいつかこの国を裏切るだろう』


いつだったか、幼いミズノエにそう吐き捨てた唇は、今や固く閉ざされている。

心底嫌いだった。
水のように掴み所が無く、そして炎のように触れる事を躊躇するような男が、とても。


『――――良かったじゃないか。お姫様が戻って来て』


だから知りたいとも思わなかったし、知ろうとさえしなかった。

そうやって数十年間、この『ハヤセミ』と言う男を純粋に嫌悪し続けてきた。


『――――良いか、ミズノエ。私はお前の忠誠など欠片すら望んでいない』


けれど、今目の前に居るハヤセミは、今までカヤが思ってきたハヤセミとは、何かが違った。


(……いや、今日だけじゃない)

カヤが気にしなかっただけで、そう言えば今までも何度かそんな事があった。

いつだったのだろう、と少し考えて、そしてカヤは唐突に気が付いた。


『――――貴女は、私の弟を好いているのではないのですか?』


嗚呼、この人はミナトの事になると、幾らか人間らしくなるのだ――――――




「もし、かして……」

とある可能性に辿り着いた時、カヤの頭の中で、記憶の欠片が音を立てて繋がった。


「もしかして、全部ミナトのためだったの……?」


ハヤセミが発した言葉達。起こした行動達。

全く理解出来ないとばかり思っていたが、冷静になって考えれば、唯一納得できる理由がたった一つだけあった。


「あの日、ミナトが私を『お嫁さんにしたい』って言ったから……それで、ずっと私をこの砦に連れてこようと……?」

ハヤセミは、神の娘も何も信じていない。

それでもカヤを手に入れようとし続けた理由は、かつてカヤをお嫁さんにと望んだ弟のためだったのでは無いだろうか?


カヤの問いかけに、ハヤセミはやっぱり黙っていた。

否定をしない。カヤは確信した。同時にまたもや混乱した。


「じゃあ、どうして……」

ハヤセミの真意が分かったとは言え、それでもカヤには分からない事だらけだった。

「どうしてあの日ミナトを殺そうとしたの!?ミナトは貴方を心から慕っていたのに!」

なんの抵抗もしない幼気な弟を、この男は躊躇なく刺した。

カヤを連れ戻そうとしたのがミナトのためなら、そのミナトを殺そうとするなんて、酷く矛盾している。


「っそうしなければ、あいつが殺されていたからに決まっているでしょう!」

いきなりハヤセミが叫んだ。

こちらの声を掻き消すほどの大声に、カヤはビクッと肩を揺らし、口を閉じた。


ハヤセミがここまで感情を剥きだしにして怒鳴るのを聞いたのは初めてだった。