【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

何がカヤをそうさせたのかは分からなかった。

ただ、何も考える余地も無かったほど怒りで埋め尽くされていたはずの頭が冷静になり、少しばかり隙間が出来た。

そして、過去の記憶達が少しずつ脳裏に蘇っていく。


「……ハヤセミ、教えて」

落ちた短剣を拾う事もせず、カヤはそっと問いかけた。


「貴方は何がしたかったの?"神の娘の子供"が欲しいだけなら、蒼月の父親が誰であろうと良かったんじゃないの?」

ハヤセミは、蒼月の父親がミナトだと思っていたが、本当の父親は翠だ。

だからと言って、蒼月は"神の娘"であるカヤの子供に違いは無い。

それなのにハヤセミは蒼月を『要らない』と言った。

単純に、カヤのような信仰対象となるような何かが欲しいだけなら、父親など関係無いはずなのに。


尋ねられたハヤセミは、ゆっくりと顔を上げた。

ハヤセミは努めて普通の表情だったが、それでもその瞳が通常よりも潤んでいるのは、隠せなかった。


「……逆に聴きますが」

ハヤセミが静かに言った。

「貴女は翠様の力を絶対的に信じてるのですか?自分が神の娘だと信じているのですか?この世にそんな"実態の無いもの"があると、本当にそう思っているのですか?」


カヤは、口をポカンと開けたままハヤセミを見つめた。

「え……それって……」

今のハヤセミの言葉を言い換えれば、つまりは―――――


「貴方は、翠の力どころか、『神の娘』なんてものも信じて無いって言うの?」


ハヤセミは何も答えなかった。

カヤは、それが『肯定』を示しているのだと悟った。

同時に、酷く当惑した。

ハヤセミが翠の神力も、カヤの髪に関わる伝承も信じていないと言うならば、どうして今まであれほどの執念深さでカヤを捕らえようとしてきたのだ。

そんなもの、ハヤセミにとっては全く持って無意味だと言うのに。



(……それとも)

―――――何か他の理由があったのか?






「――――……はくっ……!居るのか、琥珀……!」

突如後方から聞こえてきた声に、カヤは飛び上がった。

慌てて振り向けば、積み重なった瓦礫の向こう側から、誰かが叫んでいるのが聞こえた。

「おい、琥珀!居たら返事しろ!」

「ミナト!?」

聴き慣れた声に、カヤは足元の岩に躓きながらも、慌てて瓦礫の壁に駆け寄った。

瓦礫のほんの小さな隙間から、橙色の光が筋状に差し込んでいる。

炎の光だ。カヤの心が躍った。


「琥珀!?そこに居るのか!」

「居るよ!ここに居る!」

必死に岩の隙間から叫び返せば、ミナトが「良かった……!」と安堵の息を吐いたのが聴こえた。