「……蒼月……?」
「痛い痛いの。めっ、よ」
たどたどしい口調で窘められた瞬間、真っ赤に染まっていた頭が、驚くほど急速に澄み渡った。
(わたし……)
わたし、蒼月に止められなかったら、本気でハヤセミを殺す所だった。
(そうして、どうするつもりだったの?)
その血に濡れた手で蒼月を抱き締めるつもりだった―――――
「あ……」
弛緩した指から、するりと短剣が落ち、カラン、と音を立てて地面にぶつかった。
どうして何も考えなかったんだろう?
隣国の王を、翠の妻であるカヤが殺した事が知れれば、更に両国の関係は悪化するだろう。
そうすれば、翠があれだけ尽力してきた和平交渉は絶望的になる。
(それに……)
『――――多分お前が思ってるよりも、ずっと優しいお方なんだ』
かつてミナトは、ハヤセミの事をそう言っていた。
あれだけ冷酷な兄を、それでもひたむきに慕っていたミナト。
そんなミナトに、一体どう顔向けするつもりだったのだろうか。
呆然としていたカヤは、突如ハッと意識を取り戻した。
「あ、蒼月っ……」
カヤに抱き着いていた蒼月が、するりと脇を抜け、なんとハヤセミに近づいていったのだ。
慌ててハヤセミから引き離そうとした時、既に蒼月はハヤセミの前にしゃがみ込み、小さな手を伸ばしていた。
ぽん――――と、ハヤセミの頭の上に、蒼月の掌が乗る。
「いいこ、いいこ」
ぽん、ぽん、と小さな子を褒めるかのように、蒼月がハヤセミの頭を撫でた。
「な、に……?」
驚愕して目を見開いているハヤセミに、蒼月はニッコリと笑いかけた。
「だいすきだったんだよねえ。がんばったねえ」
それはまるで、どんな色の罪でさえ温かく洗い流す慈雨のように。
一切の邪気を纏わない無邪気な声が、鼓膜から入り込んで、全身の隅々まで行き渡る。
そうしてそれは、その人を覆っていた固い殻を、内側から優しく崩した。
「っ、」
ハヤセミが一瞬言葉を詰まらせたように見えた。
次の瞬間、力が抜けたかのようにその頭が下がり、やがてハヤセミは地面に顔を突っ伏してしまった。
思わぬ行動に、カヤが眼を瞬いていると
「……何なんでしょうね、これは」
ポツリ、とハヤセミが呟いた。
「っまさか……こんな子供に理解される日が来るとはね……」
その声はとても籠っていたが、それでもはっきりと聞こえた。
自嘲するような声も、ぎゅっ、と強く握られた拳も、明らかに震えていた。
そうして、小さく小さく鼻を啜る音が聞こえた時、カヤは頭を殴られたような衝撃を覚えた。
あのハヤセミが、泣いている――――――
「痛い痛いの。めっ、よ」
たどたどしい口調で窘められた瞬間、真っ赤に染まっていた頭が、驚くほど急速に澄み渡った。
(わたし……)
わたし、蒼月に止められなかったら、本気でハヤセミを殺す所だった。
(そうして、どうするつもりだったの?)
その血に濡れた手で蒼月を抱き締めるつもりだった―――――
「あ……」
弛緩した指から、するりと短剣が落ち、カラン、と音を立てて地面にぶつかった。
どうして何も考えなかったんだろう?
隣国の王を、翠の妻であるカヤが殺した事が知れれば、更に両国の関係は悪化するだろう。
そうすれば、翠があれだけ尽力してきた和平交渉は絶望的になる。
(それに……)
『――――多分お前が思ってるよりも、ずっと優しいお方なんだ』
かつてミナトは、ハヤセミの事をそう言っていた。
あれだけ冷酷な兄を、それでもひたむきに慕っていたミナト。
そんなミナトに、一体どう顔向けするつもりだったのだろうか。
呆然としていたカヤは、突如ハッと意識を取り戻した。
「あ、蒼月っ……」
カヤに抱き着いていた蒼月が、するりと脇を抜け、なんとハヤセミに近づいていったのだ。
慌ててハヤセミから引き離そうとした時、既に蒼月はハヤセミの前にしゃがみ込み、小さな手を伸ばしていた。
ぽん――――と、ハヤセミの頭の上に、蒼月の掌が乗る。
「いいこ、いいこ」
ぽん、ぽん、と小さな子を褒めるかのように、蒼月がハヤセミの頭を撫でた。
「な、に……?」
驚愕して目を見開いているハヤセミに、蒼月はニッコリと笑いかけた。
「だいすきだったんだよねえ。がんばったねえ」
それはまるで、どんな色の罪でさえ温かく洗い流す慈雨のように。
一切の邪気を纏わない無邪気な声が、鼓膜から入り込んで、全身の隅々まで行き渡る。
そうしてそれは、その人を覆っていた固い殻を、内側から優しく崩した。
「っ、」
ハヤセミが一瞬言葉を詰まらせたように見えた。
次の瞬間、力が抜けたかのようにその頭が下がり、やがてハヤセミは地面に顔を突っ伏してしまった。
思わぬ行動に、カヤが眼を瞬いていると
「……何なんでしょうね、これは」
ポツリ、とハヤセミが呟いた。
「っまさか……こんな子供に理解される日が来るとはね……」
その声はとても籠っていたが、それでもはっきりと聞こえた。
自嘲するような声も、ぎゅっ、と強く握られた拳も、明らかに震えていた。
そうして、小さく小さく鼻を啜る音が聞こえた時、カヤは頭を殴られたような衝撃を覚えた。
あのハヤセミが、泣いている――――――
