【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

ハヤセミは笑みを崩さぬまま、流れるように言う。

「采配を誤り、兵を無駄死にさせる所だった私は、このまま王の座を追放されるでしょう。そうなれば最早死んだも同然。貴女に殺されようと、殺されまいと、末路は同じです」

確かに、ハヤセミが無事にここから出られたとしても、そこに待っているのはただの終焉だ。

最悪、高官達の判断によっては処刑される可能性だってある。

この男が死ぬなんて、良い意味でも悪い意味でも想像つかないが―――――でももしも、そうなったら?


「そうすれば貴女は、安心して暮らせますね。幸福な結末ではありませんか」


そうだ。ハヤセミの終わりの代わりに、カヤの絶対的な幸福が待っている―――――


「わた、しは……」

頭の中を、轟々と血液が巡っていた。

喉がカラカラで、体中が煮えたぎるように熱いと言うのに、短剣を握る指は、とても冷たい。


「私はっ……」

きっと怖かった。今、こうして目の前で生きている人間を殺すなんて。

この男の消えかけともいえる命の炎を、たった一瞬で、カヤが吹き消すのだ。

ハヤセミが積み重ねてきたもの、これから積み重ねて行くであろう全てを、誰でもないカヤが無に帰す。

ああ、でもそれは、同時にカヤの永遠の安寧を意味している。


「何も怖くなどありません。ほんの一瞬で済みますよ」

――――本当に?

「本当です。貴女も早く楽になりたいでしょう?」

――――なりたいに決まってる。

「一思いに私の首を刺しなさい。そうすれば全てが終わります」

――――これで、ようやく。



「かか?」

いきなり地面にそっと下ろされ、蒼月が不思議そうに首を傾げた。

「蒼月……あっち向いて、お座りしてて……」

ほとんど無意識に言って、カヤはふらふらとハヤセミに近づいた。


ハヤセミはもう笑ってなど居なかった。

見たことも無いほど真剣な眼が、カヤを真っすぐに見据えていて、嫌だなあ、と思った。

カヤがハヤセミを殺す最後の一秒までこうやって見ているつもりだろうか。

出来れば目を瞑って欲しい。そうすれば殺しやすいのに。



「そうです。その剣を私の首に当てなさい」

その声に導かれるようにして、カヤは両手で短剣を握り締め、刃先をハヤセミの首元に当てた。

ピタリ、と鋭い切っ先が、柔い人間の肌を押す。

カヤが力を込めれば、この男は死ぬ。

長年カヤを苦しめてきたこの男が、遂に消える――――――


「さあ、殺しなさい!クンリク様!」

ハヤセミが叫んだ。

カヤは思い切り剣を振りかぶると、咆哮と共に振り下ろした。


「っうぁああぁああああ!」


否―――――振り下ろしかけた。


ピタリ、とカヤの手が止まった。

何故なら、どんっ、と背中に小さな衝撃が走ったのだ。


「……え……」

恐る恐る振り向いたカヤは、息を呑んだ。

「かか、だめよ」

そこに在ったのは、カヤの背中に抱き着く蒼月の姿だった。