真っ暗だった。
地獄に等しい空虚の中、柔い思い出だけが、小さな光を灯す。
『―――――僕は、琥珀をお嫁さんにしたいんです!』
それは記憶の根底。
泣き声交じりのミズノエの声は、切なくなるほどに痛々しい。
『―――――逆乱の芽は摘ませてもらう。悪く思うなよ』
終わりの言葉。奪う言葉。
残酷を口にしたハヤセミの表情が、顔が、瞼にこびり付いて離れない。
それなのに、ねえ。
『―――――貴女は、私の弟を好いているのではないのですか?』
その憂いは、何色。
ピチョン、ピチョン、と雨だれの音が鼓膜を優しく小突いた。
「…………かか、かか」
ぺちぺち、と何かに頬を叩かれている。
何なんだ。まだ眠いから、寝かせて欲しいのに。
「……んー……?」
唸りながら、ゆっくりと眼を開ける。
暗闇の中、カヤを覗き込む小さな琥珀色の瞳が、薄っすらと見えた。
「……そうげつ……?」
ぼんやりとその名を呼ぶと、頬を叩く力が強くなった。
「おっき、して」
「え……?」
あれ?何がどうなったんだっけ―――――億劫ながらも最後の記憶を遡ったカヤは、
「蒼月っ!」
飛び上がるように起きた。
「け、怪我はっ……!?何処も痛い所ない!?」
慌てて蒼月を抱き上げ、裏表ひっくり返しながら身体中をペタペタと触る。
「ないー」
あっけらかんと返ってきた返事に、どっと安心した。
身体中を隅々まで触ったが、どうやらこれと言った怪我は無いらしい。
本人も至って元気そうである。
「良かったぁ……」
盛大に安堵の息を吐いたカヤは、ふと辺りを見回した。
周りは真っ暗で、ほぼ何も見えないと言っても過言では無い。
何処からかチョロチョロと水の流れる音だけが響く、とても静かな空間だった。
「皆……大丈夫かな……」
不安になりながら歩き出したカヤの足元で、ぱしゃん、と水の跳ねる音が聞こえた。
まじまじと足元を見れば、どうやら水が浅く溜まっているようだった。
(どうしてこんな所に水が……)
カヤ達は砦の上階に居たはずだ。足元に水などあるはずが無い。
更に不安になってしまったカヤは、焦りながら暗闇に手を伸ばす。
すると、ひたり、と指先に何かが触れた。
ゴツゴツとした感触。どうやら岩のようだ。
そのまま横へ横へ指先を移動させるが、何処にも隙間らしいものが無く、そこにあるのは無骨な岩の冷たさだけ。
試しに触れている岩を押してみるが、カヤの力ではビクともしなかった。