「……うん、そうだったね」

前々王の歪んだ教育により、間違った道を行きかけていた弥依彦。

それでも彼は、勇気を持って己の力で正しい道を踏み直した。

「貴方は、きっと立派な王になるよ」

―――――そして今日ようやく、弥依彦の王としての星が、小さく輝き始めたのだ。










「カヤ、ひとまずは此処を出よう。氾濫に巻き込まれる」

気を取り直したように、翠が言った。

「うん!皆も早く……」

振り向いたカヤは、ピタリと動きを止めた。

いつの間にやらミナトが、蔵光達に囲まれているハヤセミに近づき、向かい合うようにして立っていた。

「兄上……」

ミナトがおずおずと近づいたが、ハヤセミはそれを睨みつけながら一歩後退する。

「なぜお前まで私の邪魔をするのだっ……!」

憎々し気な瞳。

それを向けられたミナトは哀しそうな顔をしながらも、それでも尚、手を差し伸べた。

「もうお分かりでしょう。蒼月は私と琥珀の子ではありません。この婚礼の儀には、何の意味も無いのです……恐らく国境の兵も、兄上の命令が無くとも退避します。いずれこの砦も川に呑みこまれてしまいますから、どうかお早く避難を……」

「触るな!」

バシッ!と乾いた音が響く。

ハヤセミが、ミナトの手を強く振り払ったのだ。

「まさか己の弟に裏切り続けられていたとはな……全く、一生の不覚だ。身内に敵が居るとは」

ハヤセミがそう吐き捨てた。

「私は、兄上の敵になったつもりは……」

ミナトが傷付いたように言った。

「ハヤセミ!今は敵も味方も関係ない。早く逃げるんだ!」

頑として動こうとしないハヤセミに、翠が叫んだ。

ハヤセミが、ゆっくりとこちらを見やる。

冷え冷えとしたその眼が、カヤと蒼月、そして隣に寄り添う翠を捉えた瞬間――――ほんの僅かに悲しさを漂わせた気がした。



(――――え?)

刹那的に浮かんだその色に驚けば、ハヤセミはすぐにカヤ達から眼を逸らす。



「……行け」

ハヤセミが地面を見つめながら呟いた。

「え……?何ですか……?」

「さっさと行けと言ったんだ。お前の顔など二度と見たくもない」

凍り付くような言葉を投げつけられ、ミナトが言葉を失ったように黙り込んでしまった。

ハヤセミは、此処を離れる気が無いのだと、そう思わざるを得なかった。

だとしたら、無情かもしれないがもう構っている暇は無い。

早く逃げなければ、全員の命が危ないのだ。