【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「予言をしたのは、この蒼月だ。そしてこの子供こそ……」

ぎゅっ、と翠の指が、迷う事なくカヤの手を握った。


「――――俺達の息子だ」


呼応するように、翠の指を握り締める。

温かく、柔らかい。

確かに生きていると言うその感触に、カヤは知らず知らず一粒の涙を流していた。





「息子……?"俺達"の……?」

ハヤセミが、掠れた声で言った。

大きく見開かれた眼が、翠の頭のてっぺんから足の先までを見つめる。

まるで、どこかに翠の性別が分かる証拠が無いかを捜しているかのようだった。

「貴方が……男性だと言うのですか……?そんな、まさか……」

翠は黙って腰紐を緩めると、左片側だけ衣を脱ぎ去り、凹凸の無い上半身を露わにした。

「そのまさかだ」

翠がきっぱりと言った。

ハヤセミは衝撃を受けたように黙り込み、翠はまた静かに衣を直した。


「この子は、代々我が国を治めてきた神官としての血を紛れもなく引いている。その蒼月の予言だ。必ずや川の氾濫は起きよう!」

力を失ったとは言え、翠の力の強大さはこの国でも知られていた。

その翠が此処まで宣言しているのだ。

それは、疑心に満ちていた人々の心を揺さぶるのには十分だった。


「――――……翠様の占いは必ず当たると聞いた事があるぞ……川の氾濫は誠ではないのか?」

「――――……確かに、近くの大河の水位がかなり上がってると聞いた……土嚢を積んでるらしいが、あの川の大きさじゃそれでは足りないぞ……」

「――――……だとしたら、本当にこの砦も崩れるんじゃないか……」


まことしやかな囁きがあちこちから聞こえ始めてきた。

翠の言葉を信じ始める人達は、明らかに増えて行くようだった。

流れが翠に向いている、とカヤは確信せざるを得なかった。

そんな参列者達に向かって、翠が畳みかけるように言った。

「一人でも愛する者が居るならば、即刻砦を出るが良い!そして高台へ避難するよう、近隣の村や国境の兵達に、急ぎ伝えるのだ!さあ、今すぐに!」

翠の声が余韻を残して、溶け消えた。

しん、と静まり替える聖堂の中、

「――――……退いてくれ……退いてくれ!近くの村に家族が居るんだ!」

そんな声が、どこからか上がった。


聖堂の右奥側で、誰かが人ごみを掻き分け、出口へと向かっているのが見えた。


「――――……俺もだ……村に身重の妻が居るんだ」

「――――……俺も、国境の兵団に兄弟が居る……この事を伝えないと……」

一人、二人、三人――――翠の言葉に後押しされれた数人が、遂に聖堂の扉を開け放った。