「いや、驚きましたね。何処で剣など覚えたのですか?」

カヤの両腕を捻りあげ、膝で背中を抑えつけながら、ハヤセミが言った。

「は、なせっ……!」

息も絶え絶えにどうにか言えば、ぐぐぐっ、と背中の膝が、更に食い込む。

「っ、!」

ギシギシッと背骨の軋む音が身体中に響き、カヤは声にならない悲鳴を上げた。

「兄上!お止め下さい!琥珀を放して下さい!お願いです!死んでしまいますッ!」

ミナトが耐え切れないように叫んだ。

「黙れ。これぐらいで死ぬか」

暴れるミナトを冷ややかに一瞥して黙らせたハヤセミは、それでも幾ばくか膝の力を緩めた。

どうにか呼吸をする余裕が出来たカヤは、ほんの目の前に、取り落としてしまった短剣が転がってる事に気が付いた。

(まだ、だ……)

カヤはまだ諦めていなかった。

どちらかが死なない限り、勝負はまだ着いていない。

腕がもげようと、足が千切れようと、最期の最後まで、私は―――――


震える指で短剣に手を伸ばすが、しかしカヤの指が柄に触れる前に、ヒョイっと目の前から短剣が消えた。

「勝負は付きました。この短剣は預かっておきましょう」

そう言ったハヤセミの腕の中には、しっかりと短剣が握られていた。

それだけでは無い。
気が付けば、いつの間にか蒼月は部屋に居なかった。


(そんな……)

蒼月も、そして短剣もハヤセミの手の中に渡ってしまった――――打ちのめされているカヤを尻目に、ハヤセミは胸糞の悪い微笑を浮かべた。

「さあ、クンリク様。急いで身支度を整えて頂かねばなりません」


「連れて行け」と言うハヤセミの命令と共に、カヤは兵二人がかりに両脇を抱えられた。

「止めてっ!放してよ……!」

男二人に引っ張られ、成す術も無くズルズルと部屋から引きずり出される。

部屋を出る間際、ミナトが必死の形相でカヤを呼ぶ姿が見えた。

「琥珀!琥珀!」

激しく暴れながら、カヤは必死にミナトに手を伸ばす。

「いやあ……!ミナトッ……ミナト――――――ッ!」



伸ばした指は、虚しく。


(なにもない)

あまりにも空っぽな己の指を自覚した瞬間、底に無い空虚に思い切り放り出される。

目の前が真っ暗になって、音と言う音が遮断されて、ゆらゆらと漂うばかり。


(わたし、なにもなくなっちゃったよ、翠)

流した涙さえ溶け消え、もう跡すら残らない。



そうして最期に残るのは、いつだって絶望的な沈鬱。

ただ、それだけなのだ。