止められる事を予想していたカヤは、一歩よろめいた後、後ろ足で地を蹴り、再びハヤセミに刃を突き立てる。

長剣のハヤセミは、今度は剣で防ぎきる事が出来ず、身を捩ってそれを避けた。

それを追いながら、カヤは息を付く暇も無くハヤセミを斬撃を繰り出す。


身軽なカヤに攻撃の主導権を握られ、ハヤセミは防御に徹していた。

普段は余裕癪癪なその表情が、わずかばかり焦っているように見えて、頭の片隅で『勝てるかもしれない』と言う思いが湧きあがる。


(殺してやる)

この数年間、来る日も来る日も振り続けてきた刃。

数えきれないほど怪我を作り、何百回も怒られながら、それでも稽古を続けてきた意味が、ようやく分かった。

全ては、今日この男を殺すためにあったのだ――――――



ガタァンッ!

激しい音と共に、後退していたハヤセミの足が、調度品を飾っていた置き台にぶつかった。

それに気を取られたハヤセミが、ほんの一瞬視線を下に送った。

それだけで十分だった。


(今なら殺せる!)

本能的にそう感じた。

僅かに動きを止めたハヤセミに向かって、全身の力を込めて刃を振り下ろす。

とと様が、かか様が、ミズノエが、そして翠が感じた苦痛の、ほんの片鱗だけでもこの男に味合わせてやりたかった。

嗚呼、ようやく。ようやくこの男の息の根を止める事が出来る。

泣きそうな衝動に身を任せ、真っ直ぐな憎しみを籠った切っ先が、ハヤセミの喉元を今まさに貫く―――――

「やめてくれ琥珀ッ!」

瞬間と言うところで、悲痛なミナトの叫びが、カヤの鼓膜を勢いよく貫いた。

「えっ……」

ビクッと身体中が震え、カヤの動きが思わず止まる。

しまった、と思った時には遅かった。

空中で静止した腕をハヤセミに掴まれたと思うと、身体がふわりと浮いていた。


(――――あ)

ダァン!と言う激しい音と共に、息が止まるような全身の痛み。

「が、はっ……」

肺から空気が全て吐き出され、気が付けばカヤは、床にうつぶせになって組み伏せられていた。

「琥珀ッ!」

ミナトが叫んだのが聞こえた。

しかし床に勢いよく叩きつけられた衝撃のせいで、返事をするどころか、まともに呼吸をする事すら出来ない。