「待て、何者だ」
夜明け前のまだ薄暗い中、砦の前に立つ二人の兵に行く手を阻まれた。
無理も無い。
こんな雨の降りしきる中で、いきなり馬に乗って現れ、しかも砦に足を踏み入れようとすれば尚更だ。
「名を名乗れ。怪しい者を通すわけにはいかない」
どうやら此処で姿を見せるしかないらしい。
そう悟ったカヤは、目深に被っていたぐしょ濡れの布を潔く退かした。
「クンリクです」
カヤの顔を見た瞬間に、兵が大いに狼狽えた。
「なっ……クンリク様っ……?」
「ハヤセミ様に会いに参りました。お目通りを」
「はっ、はい!少々こちらでお待ちを!」
転げるようにして砦の中に駆け込んでいった兵の背中を見送り、目の前にそびえ立つ石の要塞を見上げた。
まるで来るものを拒むようなその威圧感に呑まれそうになる。
思わず目を逸らしたカヤは、ふと東の空を見上げた。
重たい鉛色の雲が続いているが、地平線の間際が少し明るみを帯びている。
そろそろ夜明けだ。
どうにか陽が昇る前に砦に辿り着く事が出来た。
これでハヤセミも約束通り、攻撃を仕掛けては来ないだろう。
大きく胸を撫で下ろしていると、
「おおきいねえ」
そんな声が真下から聞こえてきた。
道中、馬に揺られながら眠っていたはずの蒼月が、いつのまにか目を覚まし、口をポカンと開けながら砦を見つめていた。
「怖い?」
そう尋ねると、我が子は小さく首を横に振る。
「こあくないよ」
はにかむその笑顔に、カヤも小さく微笑んだ。
「……絶対に、何があっても守るからね」
柔らかな金の髪に口付け、心から誓う。
―――――運命とも言える一日が、幕を開けようとしていた。
「―――――……クンリク様だぞ」
「―――――……生きていらっしゃったのか」
「―――――……それに、あれは……弥依彦様じゃないか?」
「―――――……数年前にお亡くなりになったのでは……」
兵達の驚愕めいたヒソヒソ話しが耳に届いてくる。
そんな声と、加えて刺さるような視線を一身に受けながら、カヤと弥依彦は案内の兵に続き、広間に向かっていた。
「ふん。好き勝手言いやがって」
後ろで弥依彦が不機嫌そうに鼻を鳴らしたのが聞こえた。
カヤと同じくらい砦に戻ってきたくは無いだろうと思っていたのだが、案外弥依彦は一つも文句を言わずに着いて来てくれた。
どういう心境の変化なのか不思議ではあるが、正直、弥依彦が居てくれて助かった。
あまりにも不安すぎて、一人だったら砦に向かう途中で引き返してしまっていたかもしれない。