「し、しかし……」

「これで良いのです。翠はそんな事を望みません。絶対に!」

恐らくは、タケルも同じような事を危惧していたのだろう。

しばし悩む様子を見せたタケルだったが、やがて暗い表情ながらも、しっかりと頷いた。

「うむ……それでは、すぐに川から離れるように伝令しよう」

その返答にホッと胸を撫で下ろしながらも、カヤは再び口を開く。

「それから、もう一つお願いがございます」

「む?」

カヤは、すう、と大きく息を吸いこんだ。


「――――ハヤセミの元へは、私と蒼月だけで行きます」


つい先ほどした決心を口にすれば、三人は、ぱかりと口を開けた。

想像していた通りの反応である。


「だ、だだ、駄目に決まっておろうが!許可出来るわけがなかろう!」

「いけませんよ、カヤちゃん!危険すぎるのです!」

「お前は馬鹿か!?何考えてるんだよ、一体!?」

次にカヤに降りかかってきたのは、三人からの怒涛のような喚きであった。

そんな否定の言葉も、まったくもって想像通りであった。


「今、最も優先しなければいけない事を、良く考えて下さい!」

わあわあと責め立ててくる三人の大声に負けぬよう、カヤも声を張る。

「紛れも無く人命ではありませんか!?すぐにでもあちらの兵を退却させなければいけません!私と蒼月がハヤセミの元へ行けば、兵を退くと言っているのです!だったらもう、それしか道は残っておりません!」

本当ならば、あんな所に蒼月を連れて行きたくなど無い。

しかしながら、あの男が欲しいのは『神の器』となる人間だ。

しかも不可解な事ではあるが、ミナトとカヤの祝言の準備だって進めていると言う話だ。

ハヤセミの目的は分からないものの、カヤをミナトの妻にするつもりなら、きっと命を奪う事はしないだろう。


「翠が助けたいと思った命なんです!だったら、私がどうにかします!」

それに何と言っても、翠が望んだ事なのだ。
それだけだ。邪でも何だって良い。

理由なんて、それだけなのだ。


「絶対に絶対に、誰も死なせやしませんっ……!」


――――でも、それが全てなのだ。






「……ハヤセミの元へ行った後は、どうするのだ」

タケルが静かに言った。

「タ、タケル様っ……何を仰っているのですか!」

ナツナが驚愕したように言ったが、タケルに意味ありげに頷かれ、不服そうな顔をしながらも口を閉じた。


「ひとまずは兵を撤退させるように交渉をして、隙を見てミナトと一緒に脱出します。それがいつになるかは分かりませんが」

「蒼月の安全は確保出来るのか?この子はまだ幼いのだぞ」

「ハヤセミは私達の命までは取らないとは思いますし、大人しくしていれば悪いようにはしてこないでしょう。ですが万が一の時には、私が命に代えてもこの子を守ります」

カヤが瞬き一つせずにそう言い切ると、タケルは長い長い息を吐いた。

何かを考えているらしいタケルを、カヤもナツナも弥依彦も、固唾を呑んで見守る。