「カヤ。上の衣だけ貸してくれるか」
「え……う、うん……?」
言われるがまま、上に羽織っていた衣を翠に手渡す。
翠はカヤから受け取った衣を律に着せると、更に止血のために袖を破った自分の衣を脱ぎ、律の頭に被せた。
「これ被っておけ。出来るだけ顔見えないようにしろよ」
「ああ」と返事をした律は、ぜえぜえと呼吸をしながら翠に尋ねた。
「蒼月の……代わりは、どうする……?」
「そうだな……」と辺りを見回した翠は、入口を塞いでいる木箱を少しずらすと、中からボロボロの天幕を引き摺りだした。
「これで良い。短い間なら誤魔化せるだろ」
そう言って天幕をグルグル巻きにして、一つの大きな塊にする翠。
それは、カヤの腕の中の『蒼月』と、ほぼ同じ大きさの―――――
「っ待ってよ!」
カヤが鋭く叫んだ。
「ねえ、何考えてるの!?そんな事やめてよ!」
二人が何をしようとしているのか、ようやく気が付いてしまったのだ。
慌てて止めようと翠の腕を掴むが、彼は優しくカヤの指を振り払う。
「カヤ。俺たちが兵を引きつけるから、頃合いを見計らって蒼月を連れて全力で逃げろ。良いな?」
やっぱりそうだった。
二人はカヤと蒼月を逃がすために、囮になると言っているのだ。
「絶対に駄目!」
カヤは負けじと、また翠の腕を強く掴んだ。
「こんなの駄目だよっ……!ねえ、二人も一緒に……!」
「そう出来たら良かったんだけどな」
そうやって翠が穏やかに笑うものだから、カヤは一瞬で言葉を失い、その場にへたり込んでしまった。
どうして翠がそんな顔を出来るのか、全く分からなかった。
砦の兵は翠を殺す事さえ厭わないのだ。
律を連れて、翠が無傷で逃げられるなんて事が、本当にあり得るのだろうか?
万が一失敗すれば、翠は――――――
「っ嫌だよ!」
考えたくない、想像すらもしたくない!
翠が居なくなってしまう世界なんて、存在して良いはずが無いのに!
「翠が居なくなったらこの後どうするの!?もう、すぐに戦が起きるのにっ……!」
半狂乱になって喚くカヤを落ち着けようと、翠が手を伸ばし、頭を撫でる。
「戦の事は、タケルも居るから心配無い。それに屋敷の兵達は優秀だから大丈夫だよ」
「でもっ……く、国はっ……?この国の事は、どうするの!?」
どうにか翠を止めたくて、必死に理由を探し出す。
でも翠は、何故だか小さく笑っただけだった。
「蒼月が居る」
翠が、カヤの腕の中の蒼月を見やりながら言った。
「この子には先見の明がある。占いなんて無くても、きっと優秀な神官になるよ。どうかカヤが支えてやってくれ」
頭が真っ白になって、もうそれ以上言葉が出てこなかった。
恐ろしいほどはっきりと悟ってしまった。
カヤが泣き喚いたら打ち破れるほどの覚悟なんて、翠は絶対にしたりしない。
「ごめんな、カヤ」
呆然と座り込むカヤを、翠が片腕で抱き締めた。
「す、い……」
震える指先でその衣を握り締める。
叶うのならばずっと握りこんで放したくないけれど、生憎手に力が入らなくて、カヤの指はズルズルと滑り落ちて行ってしまった。
ゆっくりと身体を放した翠は、涙でずぶ濡れになっているカヤの頬に手を添える。
「……あのな、カヤ」
優しく名を紡がれ、カヤはゆるゆくと力無く顔を上げた。
カヤの瞳を窺うように覗き込みながら、翠は静かに口火を切る。
「今まで黙ってたんだけど、神官の占いは命を削るんだ」
「……え?」
口から飛び出したのは、そんな擦れた声だった。
翠はそんなカヤから視線を逸らす事なく、丁寧に頬を撫ぜ続ける。
「神官は神の声の代弁者なんて言われてるけど、何の対価も払わずに神の声を聞ける訳じゃない。神官は、己の命とひきかえにして神の声を聴く資格がある、ってだけの、ただの人間なんだ」
"――――――命をひきかえに"
その瞬間カヤが思い出したのは、かつて翠が占いをした後、決まって体調を悪くしていた事だった。
まさかあの症状こそが、翠が占いのために命を削っていた代償だと言うのだろうか。
「え……う、うん……?」
言われるがまま、上に羽織っていた衣を翠に手渡す。
翠はカヤから受け取った衣を律に着せると、更に止血のために袖を破った自分の衣を脱ぎ、律の頭に被せた。
「これ被っておけ。出来るだけ顔見えないようにしろよ」
「ああ」と返事をした律は、ぜえぜえと呼吸をしながら翠に尋ねた。
「蒼月の……代わりは、どうする……?」
「そうだな……」と辺りを見回した翠は、入口を塞いでいる木箱を少しずらすと、中からボロボロの天幕を引き摺りだした。
「これで良い。短い間なら誤魔化せるだろ」
そう言って天幕をグルグル巻きにして、一つの大きな塊にする翠。
それは、カヤの腕の中の『蒼月』と、ほぼ同じ大きさの―――――
「っ待ってよ!」
カヤが鋭く叫んだ。
「ねえ、何考えてるの!?そんな事やめてよ!」
二人が何をしようとしているのか、ようやく気が付いてしまったのだ。
慌てて止めようと翠の腕を掴むが、彼は優しくカヤの指を振り払う。
「カヤ。俺たちが兵を引きつけるから、頃合いを見計らって蒼月を連れて全力で逃げろ。良いな?」
やっぱりそうだった。
二人はカヤと蒼月を逃がすために、囮になると言っているのだ。
「絶対に駄目!」
カヤは負けじと、また翠の腕を強く掴んだ。
「こんなの駄目だよっ……!ねえ、二人も一緒に……!」
「そう出来たら良かったんだけどな」
そうやって翠が穏やかに笑うものだから、カヤは一瞬で言葉を失い、その場にへたり込んでしまった。
どうして翠がそんな顔を出来るのか、全く分からなかった。
砦の兵は翠を殺す事さえ厭わないのだ。
律を連れて、翠が無傷で逃げられるなんて事が、本当にあり得るのだろうか?
万が一失敗すれば、翠は――――――
「っ嫌だよ!」
考えたくない、想像すらもしたくない!
翠が居なくなってしまう世界なんて、存在して良いはずが無いのに!
「翠が居なくなったらこの後どうするの!?もう、すぐに戦が起きるのにっ……!」
半狂乱になって喚くカヤを落ち着けようと、翠が手を伸ばし、頭を撫でる。
「戦の事は、タケルも居るから心配無い。それに屋敷の兵達は優秀だから大丈夫だよ」
「でもっ……く、国はっ……?この国の事は、どうするの!?」
どうにか翠を止めたくて、必死に理由を探し出す。
でも翠は、何故だか小さく笑っただけだった。
「蒼月が居る」
翠が、カヤの腕の中の蒼月を見やりながら言った。
「この子には先見の明がある。占いなんて無くても、きっと優秀な神官になるよ。どうかカヤが支えてやってくれ」
頭が真っ白になって、もうそれ以上言葉が出てこなかった。
恐ろしいほどはっきりと悟ってしまった。
カヤが泣き喚いたら打ち破れるほどの覚悟なんて、翠は絶対にしたりしない。
「ごめんな、カヤ」
呆然と座り込むカヤを、翠が片腕で抱き締めた。
「す、い……」
震える指先でその衣を握り締める。
叶うのならばずっと握りこんで放したくないけれど、生憎手に力が入らなくて、カヤの指はズルズルと滑り落ちて行ってしまった。
ゆっくりと身体を放した翠は、涙でずぶ濡れになっているカヤの頬に手を添える。
「……あのな、カヤ」
優しく名を紡がれ、カヤはゆるゆくと力無く顔を上げた。
カヤの瞳を窺うように覗き込みながら、翠は静かに口火を切る。
「今まで黙ってたんだけど、神官の占いは命を削るんだ」
「……え?」
口から飛び出したのは、そんな擦れた声だった。
翠はそんなカヤから視線を逸らす事なく、丁寧に頬を撫ぜ続ける。
「神官は神の声の代弁者なんて言われてるけど、何の対価も払わずに神の声を聞ける訳じゃない。神官は、己の命とひきかえにして神の声を聴く資格がある、ってだけの、ただの人間なんだ」
"――――――命をひきかえに"
その瞬間カヤが思い出したのは、かつて翠が占いをした後、決まって体調を悪くしていた事だった。
まさかあの症状こそが、翠が占いのために命を削っていた代償だと言うのだろうか。
