【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

律が苦しそうに呻いたが、翠はそれでもどうにか血を止めようと、傷口を布で圧迫し続ける。

「くそっ、血が止まらない……!」

翠が焦ったように言った。

傷口に当てられている布は、もう染まる隙間もないほど真っ赤に染まっている。


惜しげも無く溢れ出る赤。
体外に漏れ出ていく、律の命の焔そのものに見えた。

段々と小さくなっていく焔が翠の手を汚し、地面に流れ出て、律から大事なものを奪っていく。


嗚呼、このままじゃ、律は―――――


考えたくも無い終焉に脳内を侵され、カヤはそれを振り払うようにブンブンと頭を振った。

「律っ……律、しっかりして……お願い……!」

とにかく彼女が意識を失ってしまわぬよう、必死に呼び掛ける。

力無く投げ出されている指を取り、固く固く握りしめるけれど、律の指先はとても冷たくて、カヤの体温の方が奪われてしまいそうだった。

「……参ったな……」

すると、律が小さく小さく呟いた。

「え?なにっ……?」

慌てて口元に耳を近づける。

「……これはちょっと……私の、夢が……叶うのは……見届けられ無さ、そうだ……」

思わず言葉を失った。


"――――この国を、何の犠牲も無く安寧に在り続ける国にする事"

身を腐らせるような侘しさと共に成長してきたろうに、それでも律はそれが夢だと言った。

来る日も来る日も、たった一人で目を覚まし、たった一人で眠りに就きながら、それだけを胸に、寂しい山奥で、ずっと。


ポタリ、と涙が落ちて、重ね合った手の隙間に潜り込んでいった。

「……っ律は……!」

この国は律と言う存在を否定したのに、それなのに、もう二度と自分と同じような人間が産まれ出ないように、と願うなんて。

「律は、優しすぎるっ……!」

嗚呼、今になってようやく分かる。

そんな彼女だから、カヤは訳も無く惹かれたのだ。

初めは翠と血を分け合っているからだと思った。
その見目があまりにも美しいからだと思った。

けれどきっと、それだけじゃない。
カヤは、律の美しい心そのものが、大好きで仕方なかった。


「絶対に見れるよ!一緒に見よう!私、律と一緒に見たいよ!」

喚く様に言えば、律の口角が僅かに上がった。

「ありがとう、な……カヤ……」

「何……?何が……?」

その笑顔があまりにも儚すぎて、カヤは律の存在を確かめるように、その頬に触れた。

「……こんな、私を、少しでも必要としてくれて……頼ってくれて……ありがとう……」

「律……」

「誰からも……親からすらも、必要とされない人生だった、けど……カヤと会えて……良かった……」

腹の底から心臓を駆け巡って、抑えようのない慟哭が口から飛び出してきた。

にこり、と笑った律の顔は、とても自然で、とても柔らかで、カヤは彼女のそんな顔を一度も見たことが無かった。

まるで『なんの悔いも無い』とでも言っているかのようで。